肋骨の不在

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「何で俺、知らないの?」  やっとのことで絞り出された言葉に、目の前の幼なじみは一瞬キョトンとした後、ごめんごめん私が悪かったよ、と笑いながら謝った。笑い事じゃないんだけどなぁと、不貞腐れる。  俺と北園(きたぞの)深結(ふゆ)とは生まれた時からお隣さんで、学年は同じだけれど四月生まれと三月生まれで、まるまる一年分の差があったから、ほとんど兄妹みたいに思っていた。まあ、深結に言わせると「あんたがお兄ちゃんだなんて笑わせる。オムツが外れたのは私が先なんだから、私が上」らしいが。オムツがいつ外れたかを覚えているなんて凄い奴だな、と、素直に感心していた。  排泄を律するようになる過程を記憶していると嘯くだけあって、深結は勉強が良くできた。幼稚園から小学校、中学校と進み、勉強の苦手な俺が高校までも深結と一緒になれたのは、友達の少ないあいつが「勉強見てあげるから、私のレベルまで上がってきてよね」と苦手な教科を根気強く教えてくれた成果だ。合格発表の後、先生方やうちの親に喜ばれ感謝された時ばかりは得意満面な深結だったけれど、正直、他人の成績を上げるより、自分の高飛車な性質を正すなり隠すなりして周囲に溶け込む努力をした方が、簡単だし実りも多いんじゃなかろうかと思った。が、そう言ったら鼻で笑われた。  整った容姿をしている深結は、ただでさえ誤解されやすいのだから、もっと当たり前ににこやかにしていれば良いのに。自分を偽ったり、着飾ったり、印象を操作して器用にやろうという、誰しも少なからずやっている方法を全く採用していないのだ。その潔さは些か羨ましくもあるが、やはり損していると思う。  何にせよ、生真面目で頑固で自己愛の強い男前な深結と、へにゃへにゃと八方美人で世渡り上手な俺とは、補い合う同士で、気の置けない友人で、常になかなか良いコンビだったと思う。  だから、明日が卒業式という夜、久しぶりに俺の部屋に来た深結に「明日の朝家を出たら、もう帰らない。好きな人の所に行く」と告げられて、寸の間、息が詰まった。俺に黙って深い仲の相手を作っていたなんて、酷い裏切りだ。愕然として、狼狽して、混乱して、頭の中が真っ白になって……   それで、喉に詰まった塊を飲み下し、あわあわしながら漸く口から零れた言葉が、 「何で俺、知らないの?」 であったのだ。
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