Ⅰ.ソルのない世界

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 怒りの咆哮、強烈な雷が放たれる。地鳴りで壁から小石がバラバラと散った。  それでも、結界にはヒビ一つ入らなかった。  気が済むまで殴り続けた後、妖獣はようやく引いていった。 「ありがとう」 「それより、早くフロースにも癒しの羽を与えてやりなよ。軽めの電撃を食らってるっぽいし」 「フロース?」 「その子の名さ。本当に何もかも忘れてしまったんだな」  僕はフロースという名の少女に視線を落とした。さっきも思ったが見ればとても可憐な顔立ちをしている。  それはもう、一目見ただけで心が震えるほどに。  一体どんな人なのか、僕とはどんな関係だったのか。  記憶喪失の僕を嫌いませんようにと祈り、呪文を唱えた。 「いったたたた……」  長いまつ毛がピクンと反応し、ルビーの目が開かれた。その瞬間、心臓がトクンと胸を打った。  美しい。まるで視線を縫いつけられたかのように、彼女から目が離せなくなる。  知らない人だ。正確には何も思い出せない人。なのに心がある答えを導き出そうとしていた。  きっと僕は、記憶を失う前の僕は、彼女のことがとても好きだったに違いない。  現にこの場で僕は心を奪われてしまったのだから。
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