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九月四日 10
「お邪魔しまーす」
「適当にそこで寛いでおけ」
「わかりました!」
きょろきょろと部屋の中を見回す鶴白。ソファーに座ってわくわくとした顔をこちらに向けた。
服は完全にプライベートだからか私服でいつもとは違う魅力を見せる。
「前々から思っていたが敬語を使い慣れていないのなら止めろ。なんか気味が悪い」
「え、えっ……ですが……」
「よく素に戻っているしやるんだったら完璧にやれ。じゃなかったら止めろ」
「……わかり、わかった」
ずっと気味悪く感じていたがもう我慢ができなかった。まあ今後俺に敬語を使っていないと話題になるやもしれんがそこら辺は俺が命令したとでも言っておけば済む話だ。
「ふふふっ天川様、何して遊ぶの?」
「飽く迄も様付け、なんだな」
「流石にね、ってところ。で、何して遊ぶ?」
「そうだな……映画でも見るか?」
「いいね!何見る何見る?」
鶴白の隣に座り、リモコンを手に取ってリストを開く。隣で大きなクッションを抱きしめている鶴白は下から見上げてくる。おいやめろ、その色気を仕舞っとけ。ったく……こいつはその手の本を好むというのに今自分が何を仕出かしているのかまったく気づいていない。恋心の苦労が思いやられる。そのうち彼の胃に穴が開くんじゃないか?
「……それにしても恋愛系ばっかりだね。後ホラー」
「セフレのやつらが選んだやつなんだがな」
ここまで下心が透けて見えると反対に潔さしか感じなくなる。映画ではなく俺の手や腕ばかり見て繋いだり抱き着いたりする機会を窺っているからな。それだったら俺は別に見ても何も感じないから最初からセックスをすればいいと思うのだがどうにもムードを作ってからやりたいらしい。
「そういえばあの子達如何にムードを前もって作れるか討論していたような……あ、まって、今の無し!何も言ってないから!」
「別にいい。何とも思わん」
俺からすれば性欲の解消手段の一つを取っているに過ぎない。だからそいつらが何を想い、何の思惑を持とうとも興味がない。
「……そ、っか。そうだよね」
少し声色を下げて俯く。
「何を考えているのか知らんがあいつらとはセフレの関係だ。元より性欲を解消するために行っているし、そこに情を求められても知らんと公言しているだろう」
「い、や、別にそういうことじゃないんだ。ただ、少し……なんでもない」
まあ鶴白は一般的に親が子に向けるように親衛隊のやつらを可愛がっている。そんな彼からすれば俺の言葉は複雑だろうな。だからといって俺がこれを撤回することはないが。
「俺はよくわからないから鶴白が選べ」
「わかった。うーん、何にしようっかな~」
結局恋愛ものとのなった。それもドロドロの昼ドラマ並みの恋愛劇を繰り広げるやつだ。
「わぁ……これは酷い」
「……」
これ、なんでリストに入ってるんだ?……ああ、そういえば面白がった黄桜が入れたんだっけか。あいつロクでもねぇことばかりしてんな。
愛憎こもごも、主人公の付き合ってる野郎が何股もする屑野郎だった。浮気野郎と喧嘩をし、浮気相手とキャットファイトをし、果てには何故か主人公を引き留める浮気野郎と心の傷につけこもうとする新たな屑男。
……この映画は後で消去しておくか。
「……?」
主人公が新しく登場した屑男と逢引きしている場面で手に何かが触った感触がした。隣に座っている鶴白の手だ。
その手を握り返すとびくりと飛び上がる肩。耳が赤く染まっていった。
「照れてるのか?」
「あっ!?え、あ、そのー」
挙動不審にふるふると震えだす鶴白はとても面白い。揶揄いに繋いだ手を恋人繋ぎに変えてみると更に振動数が増した。
「クククッ、自分から触れてきたくせに何を動揺している」
「い、いやぁーあのですねー」
「それなら昼に大胆に誘ってきたではないか」
「あ、あっ、あああっ!そ、それだけはっ!」
「ん?どうした、またやってみるか?首に腕を回して、脚の上に乗ってたか」
「わあああああっ!」
「そこまでの積極性を見るとすぐに押し倒してきそうでもあるな?」
「ぎ、ギブギブギブ!お、俺が悪かったからっ!」
打てば響くというのはこういうものか?本来の使い方は違うが、まあいいだろう。
膝の間を空けてそこをとんとんと示す。
「何だったらここに座るか?」
「やふぇっ!?あ、ああああっ、そそそそその……」
「ほら、座れ」
「あうあうあう」
許容量を超えた鶴白を立たせて膝の間に収まるように座らせる。
「oh……」
「ふむ、温かいな」
ついに喋らなくなった鶴白を抱きしめる。ちょうどいい温かさだ。俺より少し身長が低いからか収まりも良い。それにしても、昼はあんなにも大胆に抱き着いてきたというのにこんなのですら恥ずかしいのだろうか。
「そんなに俺を揶揄って面白い!?」
「面白いが?」
「っ、そんなニヤニヤして……そういえば天川様は常に無表情だった……」
笑う以前に顔を大きく動かすなんてここ十年はやってないが?笑い方なんて知らん。
さて……笑顔なんてよく見るが、自分ではどうしたらできるのかさっぱりわからない。鏡に向かい合ってみたがぴくりとも口角は上がらなかったのを覚えている。別に上げたいとも思っていなかったが。
だがこの学園では無表情のやつなんて探せばいるにはいる。それだけでしかない。
だから、その笑みが羨ましい……なんてな。
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