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「アメリカ人に媚びへつらいやがって。お前の寿司への情熱はそんな簡単に捨てられるものだったのかよ!」
酔っ払った勢いで大将につっかかったところ、
「アメリカで生まれた娘と家族と生活のためだ! 現地人の味に合わせるしかなかったんだ!」
と号泣され、同情を覚えて掴んだ手を緩めた。
「生きるため、か……」
優作は湯のみを机に叩きつけた。茶までまずく感じる。実際、まずかった。
「ハイ、ドージョ。エビよ」
手袋を着けたアジア系板前もどきが優作に皿を手渡した。
おやじの手に染み付いた皮膚の塩味がうまさの秘訣なのに……と、内心で毒づく。
「あ、さんきゅ、さんきゅ」
優作はニカっと笑顔を作って頭を上下に揺らした。愛想笑いは幼少期に、いじめっ子から逃れるために覚えた処世術だ。
「いただきまぁーす」
海老をお箸でつまむ。本当は手で掴みたいところだが、この国の礼儀として素手で食べることを控えた。
口に含んだ瞬間「うぐっ」っとなった。
なんだ、このカスカスの海老は!? それよりシャリだ。箸で摘んだだけでパサパサと崩れ落ちやがった。
柔らかさと光沢を失い、乾燥した米粒を見て優作は再び怒りに震えた。
こんなものが日本人の握った寿司としてアメリカ人に慕われているとは情けない。卓上型シャリ玉機「寿司の助」でさえもっと上手に握るぞ。
「シャリがまずいっ。まずすぎるぅーっ!」
「やはり、そう思われます?」
「うわっはあーっ!?」
優作は隣から聞こえた突然の声に驚き、椅子から転げ落ちそうになった。実際、半分落ちた。
声の方に顔を向けると濃ゆい顔をした天然パーマの金髪碧眼男性と目があった。彼はラクダのような長いまつ毛を瞬かせ、優作を見つめていた。
ザ・外国人にいきなり話しかけられた優作は、
「イ、イエス! ノーサンキュー。えっと、アイムソーリー! ノープログラム」
―と捲し立てて愛想笑いを作った。
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