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 コーヒースタンドの一件以来俺は、休みの日でもなんでも彼をひと目見る為だけにそのコンビニへ行った。  昼休憩も少し無理をしてでも毎日あのコーヒースタンドへ行って、彼の姿を探した。まぁ流石に彼も高校生なのであんな偶然そうそうあるはずがない。分かってはいたが、ひと目でも会えたらって思ってしまうんだ。たとえそれが無駄撃ちであっても、周りからどう見られようとも構わない。それくらい俺は彼にハマっていた。  俺の方はそんな感じだけど、彼の方はどうなのか。変なお客だと思われていないだろうか。あの10円も返さなくちゃと思うのに彼の前に立つと言葉が出ない。最初の頃は彼の目を見てお礼を言えていたのに今は俯く事しかできない。  怖がっていると誤解されていないといいのだけど――。  彼の方も俺を俺だと認識しているのかいないのか、レジで「〇〇円になります」「ありがとうございました」等の事務的なやり取りはあるものの、それ以上の会話はない。おつりを渡してくれる時に片手を添えられたりもするけど、間違って手と手が触れるという事もない。  彼がわりと早い段階でお客の目を見なくなったのも、間違っても身体に少しも触れてしまわないようにしているのも、全部お客を不快にさせたり無駄に怖がらせたりしないようにだと思うと切ない。  俺も彼の事を意識しだしてからは恥ずかしくて俯いてばかりだけど、本当はちゃんと彼の目を見て話をしてみたいし、手だってどこだって触れて欲しいし触れたい――。  とりあえずはひと目会えただけでも今日はいい日だ。  帰ろうとして店の隅っこで震えているバイトちゃんの姿が目に入った。ふむ、と少しだけ考え、俺は小さな箱を手に取りもう一度レジへと向かった。  そして今買ったばかりのチョコの入った小さな箱をバイトちゃんに渡した。  俺を見つめるバイトちゃんの潤んだ瞳を見て、自分でも余計な事をしているという自覚はあった。若くて可愛くて彼の隣りに似合う―――。 「このチョコはチョコなのに苦いけどさ、『苦い』だけじゃなくて身体にもいいらしいし美味しいんだよ? あの彼だって『怖い』だけって事はないと思うよ?」  と忙しく働く彼の方をチラリと見た。  バイトちゃんは俺にそう言われてハッとした顔をしたものの俯いてしまったので、ポンポンと肩に優しく触れて「じゃあバイト頑張ってね」と言って帰った。  こんな事をしてみたって何も変わらないかもしれない。だけどこれで少しでも何かが変わったなら――、いいなと思った。
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