傷跡にチョコレートを

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 帰宅ラッシュのターミナル駅は、どこかモノクロームだ。  一本でも早い電車に乗ろうと早足の勤め人も、デート帰りらしきカップルも、高校生の一団も。誰もが精力と一緒に、本来の色までどこかに落っことしてしまったようだ。  灰色に淀んだ空気の中、一箇所だけ華やかな区画があった。  特別列車用の、十三番ホームだ。  周囲のくたびれた空気なんてどこ吹く風。色とりどりの旅行鞄を提げた乗客たちは、皆おしなべてこれからの旅路への期待を隠しきれない様子だった。  記念写真を撮る者、酒やつまみを買いに走る者。誰もがはちきれんばかりの笑みを浮かべている。  ただ一人、制服姿の少女を除いては。  ──大丈夫、きっと大丈夫。  緊張に強張った顔で、彼女はマフラーの端をきゅっと握りしめた。  チェック柄のマフラー。ふわふわしたファーの付いたピンクの手袋。学校指定の黒靴下。マフラーも手袋も、無論彼女の母親に買い与えられたものだ。  通学用の鞄がいやに膨らんでいることを除けば、どう見てもただの学校帰りといった趣だ。  少なくとも、この場に相応しい装いではない。  たった一人でぽつねんと佇む彼女は、傍から見ればひどく場違いだった。まるで観光用の花畑の片隅で、うっかり花を咲かせてしまったアザミのように。  彼女自身もそれを自覚しているのだろう。あたかも周囲にアピールするかのように決然と、コートのポケットから切符を取り出す。  そして乗車前から早くも皺くちゃになった切符の文字を、睨むように確かめる。  出発駅と行き先、上野発札幌行き。よし。ホーム番号は十三番。よし。出発時刻、十九時三分。よし。大丈夫、私はここにいて大丈夫。  未明から降り続いている雪の名残りだろうか、それとも北国の便りだろうか。列車には屋根といい車輪周りといい、白く頑固な氷がこびりついていた。  乗車開始のアナウンスがあるまで、彼女はその氷を睨むように見つめ続けていた。 「大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、改札を開始いたします。皆様、お手荷物にはくれぐれもご注意の上、ご乗車ください」  決然と乗車口の方へ進みながら、ふと、彼女は書き置きと共に部屋に置いてきた、携帯電話のことを思った。  今頃は不在着信でいっぱいだろうか。急に連絡がつかなくなって、友達はどう思っているだろうか。お母さんは私のメッセージに気づいただろうか。あるいはまだ誰も、私の不在に気づいてないだろうか。  ──二月十三日、午後七時。  異例の大雪が関東地方に降った日のことである。
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