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「王女も独身最後の夜を楽しむために、城下に降りて男を誘ってるんじゃねーの?」
「サロンの男たちには、とうとう監視がついたって話だしな」
「使うにしたって、もっと上級の連れ込み宿だろ。こんなチンケな店じゃなくてさ」
「同じ黒髪なら、俺はマーサちゃんのほうがいいなあ」
赤ら顔をした男が娘の手を握ろうとしたとき、
「チンケな店で悪かったなあ。うちはそういう店じゃねえって言ってるだろ。こいつに手ぇ出したらすり潰すぞ」
野太い言葉で割って入った店主が、筋肉質な大きな手のひらで、男の手を掴んだ。握手をしたままニッコリ笑う店主に対し、客のほうは顔が引きつっていく。
「いた、いだっ、いだだだだ!」
「指が骨折したら気の毒だからやめてあげて」
「おまえが言うならやめるけど。てめーらは出禁だ。二度と来んなクソガキ」
魔除けの砂を剛速球で背中に投げつけて、男は彼らを自分の店から追い出した。その鬼気迫る姿に、同じく第四王女の噂に興じていた客はこっそりと席を立つ。
一人立ち、二人立ち。
あっという間に、店内から客の姿が消えた。残っているのは店の隅で黙々と飲んでいる青年だけだ。
これでは売り上げが望めない。今夜はどの店も盛り上がっているだろうに、みずから客を追い出してどうするのだろう。
まだ外を睨んでいる店主に近づくと、小声で告げる。
「追い出してどうするの。いいカモだったのに」
「バカ言ってんじゃねえよ。あんなの聞かせるために、今夜おまえを呼んだわけじゃねえぞ」
「いつものことだし、あのひとたちが悪いわけじゃないでしょう?」
「わかってる、一番悪いのは、あのクソ王女だ。なーにが無垢なる三の姫だ。色情魔が聞いて呆れる。マリエンテ王女は毎晩、ベッドじゃなくてここで働い――」
「ちょっと、マーカス。ここ店先」
誰かに聞かれたらどうするのか。
寝台の上で激しい勤労に励んでいると揶揄される第四王女が、乳兄弟が営む場末の飲み屋で給仕係として働いているのは、ここだけの秘密なのだから。
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