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「ふんふん。ふふーん」
私は鼻歌交じりに、畑に水を撒く。
畑には、可愛い可愛い薬草たちが生えており、青々としたその体が、水滴によってキラキラとドレスアップされている。
なんて愛くるしい姿だろう。
よーしよし。
お前たちはそろそろ収穫だから、楽しみに待ってなよ。
私は隣の畑に移動して、再び水を撒く。
こっちの畑の薬草は、まだまだ育ちざかり。
人間で言うと、十歳くらいだろうか。
よーしよし。
たっぷり水を飲んで、すくすく大きくなるんだよー。
薬草は、気温に左右されず育つという特性上、夏でも冬でも植えることができる。
薬草の大人と子供が、隣り合う畑で育っていることも珍しくない。
なんて、私たち農家に優しいんだろうか。
にくい奴め―。
うりうりー。
「そっれなー。あっれなー。あーらよっよ。よっし、これで、おっしまーいっと」
畑仕事を終え、機嫌よく家に戻ろうとすると、丁度村の外から戻ってきたお隣のお兄さんと出くわす。
「お兄さん、お早う御座いますー。こんな朝早くからどうしたんですか?」
「ああ、お早う。いや何、例の魔物の様子を見てきてね」
「あー、例の」
最近、村の近辺に魔物が住み着いたらしく、夜な夜なおぞましい遠吠えが聞こえてくるのだ。
今のところ、村に近づいてくる様子はないが、遠吠えが聞こえる距離に魔物がいるのは落ち着かない。
突然夜に襲ってでも来られたら、怪我では済まないだろう。
もしも退治できるならしてしまおうと、今朝から村の男たちが様子を見に出ていたそうだ。
「それで、どうでした?」
「お手上げだ。数も多いし、村の男全員で挑んだとして、まあ、難しいだろうな」
「そ、そんなぁ……」
つまり、私たちは今後も魔物の脅威に怯えないといけないわけだ、
これは村の一大事だ。
私は退治の役に立たないが、立たないなりに、どうするべきか頭をひねる。
「罠をしかけるとか」
「無理だ。罠で全滅できなきゃ、生き残りが怒って襲ってくるかもしれない」
「村全体を大きな木の壁で囲むとか」
「作るのに時間がかかるし、魔物がいなくなるまでずっと村から出ないのは現実的じゃない」
「ならー、えーっとー……」
駄目だ、私の頭では、これ以上のアイデアが出てこない。
困り顔の私を見ながら、お兄さんはへらっと笑う。
「ま、心配ないさ。さっき、村長と相談して、勇者様に魔物の退治を依頼することにしたんだ」
「え」
勇者。
国王様から、魔物たちを頂点に立つ魔王を倒すという王命を受けた男。
なんでも、並の人間を超越した力を持つらしい。
らしいというのは、ここは辺境にある小さな村。
王都の情報なんて、十日に一回だけ訪れる商人から噂を聞く程度で、眉唾だらけなのだ。
さて、そんな勇者だが、絶賛金欠という噂がある。
国王様は、勇者に王命を与えたはいいが、碌な支援をしていないらしい。
というより、国内各地の魔物討伐に国庫予算をじゃぶじゃぶ使っているせいで、勇者に支援できないらしい。
しかし、勇者はどこまでもお人よしで、国王様からの支援を辞退したという体をとり、各地で魔物討伐の依頼を受け、その謝礼金で旅支度の費用を稼いでいる最中らしい。
「一週間後には、勇者様が村へ到着されると思う。村総出で、おもてなしの準備をしないとな」
「うへぇ……」
まあ要するに、国王様から勇者へ押し付けられた旅支度の費用は、結局、私たち幼気な村人の貯えからとられるわけだ。
いや、お金だけではない。
勇者へのおもてなしでは、村のお祭り用に備蓄していた米や肉も、勇者に振舞われるのだろう。
お祭りで、私たちが食べる予定だった……米や肉も……。
次のお祭り……楽しみにしてたのに……。
「うへぇ……」
「何を考えてるかはだいたいわかるが、頼むから勇者様の前で、そんな顔しないでくれよ?」
私は全力の不細工な顔で、「はーい」と返事しておいた。
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