ほんとうのこと

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「どこがいいの?」 はっきり聞かれて、困ってしまう。どこもなにも。 「空気」 「空気ぃ? 見えない見えない」 「るさいな……っ!」 なんかこう、見えるんだってば。反論しようかと思いながらじっと見つめると目が合った。 「睫毛長いね。最近流行ってる、つけ睫毛?」 「はあ、地毛ですが」 「え、すごー。肌も、つるつるじゃない?」 「ど、どうも」 「私おばちゃんだから。若い肌とか、羨ましい」 「いや、まだ若いじゃないですか」 たぶん。30代くらいに見える。なんていうか独特の若々しさに溢れている。 「全然全然! それに、老いなんかすぐに来るわよ。油断しない方がいい。肉だってすぐに付くし。たぷたぷよ、私なんて」 「えぇ。気をつけます……」  突然、若くないアピールを始める人はたまに居るけど、反応の仕方がわからん。 注文したアップルパイが届いたので、フォークを入れる。美味しいなと食べていると、彼女もそれを頼んだ。近くに店員さんが来たのでついでにラッシーを頼む。 レモネードの量が案外少なかったものだから、またなにか飲みたくなってしまったのもあるけど、  そもそも、ラッシーは期間限定で、券をもらってたものだからついでに使っちゃえと思って。 「私もそれ」 しばらくして、少し離れた、右側の席で彼女がそれを頼んで居た。 券があるみたいだ。 「なんか、好みが似てますね」 俺は笑ってた。 彼女は、そうかもしれないと言った。  いつも、喫茶店には学校の放課後に行く。 すっかり青一色な空を見上げて、帰り際は、今日もいいことあるかななんて思っていた。 「最近なにかあった?」 少し授業で遅くなった帰り道、同級生に言われて俺はんー、と濁した。 「あ、なんかあったんだ。すごく楽しそうだよ」 ルイと呼んでいた彼は、穏やかな性格で、目もともくりっとしていて、居るだけで場がなごむようなやつだった。 あだなの由来だって、雰囲気が貴族っぽいとかいうバカみたいな理由。 「いや、さぁ……」 「ん?」 「なんでも。ない」 空を飲み込みそうな入道雲を見ながら、なんだかむなしい気持ちになった。時間はいつも、止まらないと、どこかで知っていた。  店の中に入ると、その人は既に来ていた。 マスターと話をしてる。 頼んでいたのは、最近俺が毎日食べていたアップルパイ。それから、いつも座っていた定位置で、城や屋敷が乗っている写真集を読んでいた。 「あのー……」 「あ、こんにちは」 「こんにちは」 明るく笑われる。 「それ、買ったんですか」 「借りたのよ、いいでしょなにを読もうと、あんたの席じゃないんだし」 「そうですけどね」 はは、と笑う。もしかしたらいつの間にか共通の趣味なのだろうか。 あまり周りにいないし、純粋に「嬉しいな」と思った。  性格は合わないかなと思っているけれど、でも、話が合う人になりそうだ。 その次の日は、晴れていて、日曜日だった。 お気に入りだったチョコケーキが無くて、しょんぼりしつつも、チーズスフレを食べていた横の席で、彼女を見つける。 「それ、最後のチョコレートケーキですか。いいなぁ」 話題ついでに羨ましくて話しかけた。 「そうよー。 あ。あんたこの前、女の子と歩いてたでしょ」 「好きですね、ソレ」 ケーキより、俺の周りが気になるらしい。 「あれは、学校の友人でして」 「あっそう。可愛い子だったけど、やっぱり家とか連れ込んだの?」 「ふふふ。んなわけないですよ!」 「怪しいなぁー」 他人と自分は、いつもずれている。 景色も、思うことも。  ときが過ぎて、だんだんと夏が盛りになって。 環境はいつのまにか変わっていた。 いつの間にやら彼女の薬指には指輪があって、それから、マスターに。 「こんどイタリア旅行しようよ」 とか言っていた。 「すっかり、そういうのにはまったな」 マスターの低くて優しい声がする。 明け透けな印象からしても、彼女の行動やらなんやらに驚きはしないのはそうだったけど。 前まで散々に言っていたマスターをサクラさんは今ではずいぶんとベタ誉めする。 「失礼ね、私もともとこういう、アンティークとか興味があったわよ?」 (えぇ……また自由なこと言ってる) 「なにか?」 「いえ……」 奥の席で、今日は課題をやる俺の耳に、カウンター席からの声がしていた。 「あ、そういえば、マスター聞いて。この前私見たの。あの子……」 俺を指をさす彼女は嬉しそうで。 やけに、胸が痛かった。  気が付くと店に来る回数が減っていた。特に、理由があったわけじゃない。いや、あったのかな。 どう言いふらされてるのかと興味が無いわけじゃないけど、どうせまた自由なことを言っているんだろう。 誰かを楽しませたい一心で。 「どうしたの?」  コーヒーを飲み干して、席を立って捨てに行く。途中で声がかかる。 知らない人だった。 「いや、その……」 見る目がないと、友人たちは言っていた。見る目もなにもなく、俺は、もともと、なにも見てない。大抵は自分なりの好意的に受け取ろうとしてしまって結果として、なにかが違っている。  あのときも昔の建築物の話をしていたはずだった。いつの間にか俺の生活とか、そういう部分ばかり聞いてくるようになる彼女が怖く、異質に思えた。 あぁ昔から言うじゃないか。 趣味なんか口実だった、とか。 なんかちょっと話したら違ったから、とか。 「懐かしい日々を振り返りながら飲むコーヒーは苦いなあと」 「え、詩人?」  背の180くらいある男の人だった。 スラッとしてて、茶髪で、切れ長の目で。よく漫画に出てるような。 「……違います」 っていうか誰だ。 誰でもいいか。 「君はこんな朝から、どうして図書館に?」 ぎっく、と背筋を伸ばしてしまう。 ひどいひどい、プライベート。 「学校が休みなんですよー」 「ふうん。そうなんだ?」 優しげに微笑んでくる。お、おう……。 「まあいいけど」 いいのに聞くなっ! 思わず噛みつきそうになる。我慢だ我慢。 つい悪い癖が出そうになる。俺は初対面の人になにしてるんだろう。 「きみ、意外ときれいだね、肌とか」 「意外な発見、ありがとうございます」 「あら。ハハハ! からかってみたのに」 「そうでしたか。すみません、リアクション出来なくて」 「さては、いい人だなー?」 ずきん、と胸が痛んだ。俺をいい人と言うひとは居る。でも、違う。自分が悪く言われたって俺はある程度までは、気にさえしないんだ。 だって。 きれいじゃないもの。 だから人の悪意にも善意にも、まるで気がつかないんだと思う。 誰からも好かれるんじゃなくって、 俺を傷つけようとか、そういう気持ちに鈍い。 なのに、それを誉められたりすると、急に自覚する。 いい人なんて、つまらない。 裏があるに決まってると言われるくらいなら、裏だけでいいじゃないか。 表って、なんだ。 これが、表なのに。 「おいおい、今度はどうした、褒めたぜ?」 「いい人に、いいことなんかないんですよ」 思わずさらっと告げてしまう。なんだか、逆なでされているみたいだった。何人もこれで口説ける、みたいな。 裏と表がはっきりしていて、羨ましい。 きっとこれが、人間味。 「あんたは、なんでそんな、飄々としていられるんだ?」 ああ、やばい。 「なんで、俺とは違う」 俯かないと、泣いてしまいそうだ。ハハハハ、とその人は笑う。 「いい人、いいじゃん。だめ?」 「っ……」 そんなに穏やかに言われたのは初めてだった。悔しい。 「度々変態につきまとわれたり、押し倒されたり、したことが」 無いからそう言える。 言おうとしたけれど、言葉にならなかった。だって、きっとこの人はそんなゴタゴタに慣れてて、うまくかわせるんだろうと、思ってしまったから。  「っもう、いいです、帰ります」 ふいっと背中を向けて、出口へ向かう。 途中、男が近寄ってきて耳打ちしてきた。 「そういやさっき石投げてただろ。あれ、面白かった」 なっ! 顔が熱くなる。 「だ、だだ誰にも言わないでください」 やめてくれ、気になってしまうところだった。 好意なんか、あったところでどうせ無駄にするんだし、最初から作らないようにしないと、このままでは13回目パーティになってしまう。 さすがにもう、やめなくては。 こんなことがある度に好かれる前提の話など傲慢だよなと思う気持ちもあったりして、無駄に、辛くなってしまいそうで。 付き合って後悔させるよりは、それ以前に失望させた方がマシじゃないか? なんて、思ってたのに。だって。 どうせみんな―― 同じことしか考えてないって。 なのに。 「初めて、きれいじゃない自分を褒められた」 失望、しないのか。 道の途中で立ち尽くした。全身がまるで心臓になったみたいだ。 そわそわして落ち着かなくて。 「思ってたのと、違う……」 言われる側だった言葉を、自分で呟いてみる。 生まれて初めて、戸惑う側になってしまった。 ドキドキと心臓がうるさい。きっと、壊したくなるに決まっているのに。 むしゃくしゃしたので、「もう二度とここに行かない!」 と叫んでやると思った。 後ろから「それは寂しいなあ」が聞こえたのも気づかずに。  「よ!」 とんっ、と肩に手を置かれてびくっとする。 え、なに。 振り向くとさっきの人。 「いや、その。悪かったな」 やけにキラキラした笑顔を振り撒いてくる。 そんなことしたら、と思ってから、普通は人に好かれるのが当たり前なのだと気づく。 「いえ、大丈夫です」 「違う違う」 違、う? 「前にお前が助けた犬。結構大事なやつでさ、あれ、覚えてない?」 「お、覚えてますが」 犬は。 そこに居た人の顔はよく見ていなかった。わりと避けるようにして走って帰っていたから。 「あれの礼を兼ねて声をかけたつもりなんだが」 「あー……えっと」 待てよ? 急に頭のなかが?で埋め尽くされる。ちょっと待て。 状況を思い出さないと。
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