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「前川さーん。ササイ引越しセンターですー」
なんだか居留守を使っている気分だけど、ドア開けられないもんな……。玄関まで行ってドアノブに手をかけてみたけれど、すり抜けてつかむことはできなかった。
そもそも冷静に考えるとこの状況まずくないか?
ここには俺の遺体が転がっていて、引越し業者は依頼主である俺と連絡が取れない。
もう少ししたら退去の立ち合いのために管理会社がやってくる。管理会社は合鍵を持っているから、そこで俺の遺体が発見されるか。
自分の身体が腐乱死体になることはどうにか避けられそうで胸をなでおろしたが、多方面に迷惑がかかるのは間違いなさそうで、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。会社の同僚や彼女も、急すぎる訃報に驚いてしまうだろう。
ホストから足を洗って昼職へのジョブチェンジも上手くいって、順風満帆だと思っていたのに……。
考え込んでいるうちに、ドアの前にいる人の気配が去っていき、トラックが走り去っていく音が聞こえた。
「ねぇパパ、わたしずっとひとりでさびしかったの。これからはいっしょにいてくれる?」
窓からトラックを見送っていると、ヒナちゃんが隣にやってきて、俺の服の裾を掴んだ。父親がいなかったから、俺のことを父親だと思い込もうとしているのだろうか。
「うん。一緒にいるよ」
そう答えると、ヒナちゃんは大きな目をくしゃっと細めて笑った。
一応、自分の遺体が発見されて引き取られるまでここにいるか。幽霊になったら壁をすり抜けたりできるのかと思っていたけれど、どうやらそんな感じでもなさそうだし。
ヒナちゃんには悪いけど、救急や警察が来てバタバタしているうちにこの部屋から出よう。特に行く当てもないけれど。
そんなことを考えながら隣にいるヒナちゃんに目をやると、彼女が首から下げているネックレスが目に留まり、血の気が引いた。
「ヒナちゃん、首にかけてるそれ、見てもいいかな?」
「うん!いいよ!」
首から外して手渡してくれたネックレスのトップについていたのは、短剣をモチーフにしたシルバーのネックレス。
有名なシルバーアクセサリーブランドの定番モチーフで、珍しいものではない。しかし、短剣の柄の部分に灰色と空色のカラーダイヤをあしらったこれは、一点物の限定品だったはず。
造りや刻印を見た感じ偽物でもなさそうだ。俺があの女に贈ったものと同じで間違いない。だが、どうしてこんな小さな女の子がこれを持っている?
「ヒナちゃん、これ、誰からもらったの?」
「これはね、ママがくれたんだよ。おまもりだって!」
すでに肉体はないはずなのに、背筋がゾクリとする。まさか本当にあの女の……?
過去の記憶を掘り起こしていると、再び玄関のチャイムが鳴った。管理会社が退去の立ち合いにやってきたのだろう。
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