ずっといっしょ

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 引越し前夜。すっかり殺風景になった部屋の中でダンボール箱に囲まれていると、ここで過ごした日々がよみがえってくる。  ホストクラブから足を洗って転職して、それと同時に住み始めたワンルームアパート。三十歳を超えてから初めての昼職は不安だったけれど、職場はいい人たちばかりだし、仕事も慣れれば楽しくなってきて、なんだかんだ充実した日々を送ってきた。  そんな人生の転機を共に過ごしたこの部屋とも、明日でお別れ。  都内にある本社へ異動が決まったことをきっかけに、もう少し大きな家を借りて、付き合っている彼女と結婚を前提に同棲をすることにしたのだ。  明日の朝引越し業者に荷物を預けて、管理会社の立ち合いを済ませたら、もうこのアパートには帰ってこない。  汚したり傷つけるような使い方はしていないけれど、念のため床や壁に目立つ損傷がないか最終チェックをしていく。 「あれ? こんなシミあったか?」  カラーボックスで隠れていた壁に、ビー玉くらいの大きさの、丸くて黒いシミが二つ並んでこびりついている。入居したときには無かったはずだ。  全く心当たりがなけれど、これだけ目立つ汚れがあったら清掃費用をガッツリ取られてしまう。思わず軽く舌打ちをして、何とか消せないだろうかと、そのシミを人差し指で軽く撫でる。  グニン 「ひっ!?」  反射的に手を引っ込めて壁から飛び退いた。こんなの……明らかに壁を触った感触ではない。生ぬるくて、湿っていて、少し前に流行ったタピオカみたいな弾力がある。  気味が悪くて近づくのも嫌で、遠目からよく目を凝らして見てみると、全身が粟立ち脂汗がふきだした。  目だ。眼球だ。白目の部分が白い壁と同化して気が付かなかったけれど、人間の眼球が壁にめり込んでいる。  あまりの恐怖に腰を抜かしてへたり込むと、壁についた黒目を起点に眼球以外の顔のパーツがみるみる浮かび上がってくる。  浮かび上がった少女の顔に見覚えがあるような気がして、記憶をたどろうとしたけれど、壁から這い出てきた少女が勢いよくこちらにとびかかってきたことで、俺の思考は中断された。  身体に回される、ひんやりとした両腕。子供とは思えないほどの力で胴体が締め上げられて、意識が朦朧とする。  そういえばこの部屋、事故物件だって言ってたっけな……。そう思ったのを最後に、俺の意識は途切れた。
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