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小説を書く。
ただ、夜を越える自分の為に。
夜の闇を1人の部屋で
毛布と一瞬に纏い、
飲みかけの珈琲から湯気が
上がる。
同じ夜を越える為に読む人達へ
思い描いて、
今日も指が電話をタップする。
今この瞬間に、
私と同じ様に
たくさん世にある
小説を読む人がどれ程いるのかと
感じるけれど、
きっと帯びただしい数だとも
感じて安堵して、
深夜のキッチンに珈琲を
追加で淹れる。
いつか人生の先輩女性が
言っていた言葉は
間違いなく予言だった。
『夜になると死にたくなる。』
それを実感する様になったのは
いつからだろうか。
少なくとも何年かは続いて、
最初は録画したドラマを
見ていた気がする。
深夜でも何処かで救急の車が
走る音がして、ふと
生死に思いを馳せる。
深夜の通販番組を延々見るなんて
そんな日が来るとは
知らなかった。
単調な通販番組が、
深夜、
自分と外との繋がりになって、
電話をすると
使い勝手のやたら良い
フライパンが明後日届いた。
そのフライパンが届くから
今日と明日の夜を越えていける。
そんな風に閃いたら、
昔
笑い話だと微笑んだ
先輩の顔を
今更ながら思い出した。
『なんだ、そーゆー事ね。』
それからなし
崩しに記憶鮮明になる予言。
ある人は、
月刊のクロスワードパズル雑誌が
死なない理由だと告げてくれ、
やたら長い韓流ドラマに
救われたという名言もあった。
もう一度、毛布にくるまって
ナイトランプを消して
部屋には闇が落ちる。
ある日
夜を越えるのが辛くなる時が
急に降って来て、
涙が止まらなくなった。
自分がとても無意味な存在に
なって、生きている価値を
見出だせなくなる。
たった1つの臓器が
生きる意味を放棄し始めて
訪れる意識は、
同じ性なるモノなら
やって来るものだと
嫌でも実感した。
闇が詰まる部屋のカーテンを
全開にすると、
眠らない街の夜景が
あって
もう1度安堵する。
私は小説を読むことで
生きる意味を見つけた。
本当にささいで、貪欲なまでの
読む時間が私を生かしてくれる。
読む時間が
生きる意味になって
いつの間にか朝が来る。
それを繰り返すと、
月が満ち欠け、
年の瀬が寄せる。
読んで、読んで、読んで、読んで
病んで、読んで、読んで、読んで
あんまり読み過ぎて、
何処を覗いても読むものが
無くなった。
空虚が怒涛に押し寄せて
夜の闇に溺れそうになった。
沢山もがいて
仕方がないから
自分で読むモノを自分で書く事に
した。
私は
小説で生まれた意味を思い出し、
私は小説で、
自分の苦悩が間違いではないと
安心でき、
そして今は
小説を明日の旭を迎える術に
している。
今日も私は小説を書く。
溢れるほどに膨大で
慈悲の如くどこまでも無償なる、
私を生かしてくれる
小説の存在に
全幅感謝の意味を込めて。
いつか、小説がなくても、
夜が怖くなくなり、
眠れる日が来るまで、
私の救ってくれるネット小説達と
同じく
夜を越える為の小説を書く。
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