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「……トモくん。唇の端に赤い口紅付いてるよ」
舞なら絶対に選ばないような、大人っぽい深紅の口紅。
それが、友季の唇の左端に滲んでいて。
誰かとキスをしていた証拠にしか見えなくて。
ショックを受けてもおかしくはない状況のはずなのに、自分でも驚く程、舞の心中は穏やかな静けさを保っていた。
「え……あっ……え!?」
右手の甲で唇を拭い、そこに付いた深みのある赤色を見て、友季は酷く慌て始める。
「えっ? なんでだ!?」
本気で不思議そうな反応を見せる友季の後ろ、その足元には、見覚えのない女物のパンプスがあった。
ハイヒールとまでは呼べないけれど、少しヒールのある、上品そうな白色のパンプス。
友季の唇に付いた口紅といい、このパンプスといい、大人の色気の漂う女性を想像せずにはいられない。
「……女の人、来てるの?」
冷静に訊ねると、
「……」
友季は何も答えず、困ったような表情を浮かべた。
その友季の後ろから、
「友季ー? 何してんのー?」
聞き覚えのない女性の、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「あ、あの、舞……」
友季が何か言いかけたが、
「……やっぱり、そういうことだったの?」
舞の言葉が、それを遮った。
「もしかして、トモくん……浮気してるの?」
“浮気”という言葉を口に出して初めて、舞の瞳から涙が溢れ出てきた。
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