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「…………店長?」
なぜここに白川が来たのかまったくわからずに、理久は横になったまま目を丸くした。
白川の涼しげな瞳が理久と梓を往復して、スッと笑みの形に細くなる。
「りっくんが寝込んだって黒瀬から聞いたからさ。はは。ほっぺた真っ赤にしちゃって、可愛いね」
不謹慎なことを言った彼は、誰の許可も得ないままにベッドサイドのテーブルに自分の店であるコンビニから持ってきたのだろう、ゼリーやら栄養ドリンクやらアイスやら冷却シートやら、とにかく必要と思われるようなものを山ほど広げだした。
まるで理久の横で店でも始めそうな勢いの白川に圧倒されていた梓が、ハッと我に返ったように白川の前に立ちふさがり、ひそめた声で大人の男を叱った。
「あの! 理久はいま体調が悪いので、しずかにしてください」
梓の言葉に、男の眉が面白そうに上がる。
「うん。体調が悪いって聞いたから差し入れ持ってきたんだよ。きみも要るものあればあげるよ、黒瀬のハニーちゃん」
「なっ……その呼び方」
「ははっ。きみの方が声が大きい」
茶化すような白川の言葉を受けて、梓が両手で自分の口を押さえる。
「おい、白川」
見かねた黒瀬が口を挟んできたが、男はそれをスルーして理久へと笑いかけてきた。
「りっくん、なにか食べる? このアイス、新作だけど」
「……店長、それ、ちゃんと、レジ通してきたんですか?」
「俺の店だからね、もちろん」
その言い方では結局どっちなのかよくわからない。
白川は、まだ食べるともなんとも言ってない理久へとカップアイスをひとつ差し出して、残りをガサガサと袋に放り込むと、黒瀬へと「ん」と押し付けた。
「これ、冷凍庫入れといて」
「おまえなぁ」
「あれ? よく見たらおまえスーツじゃん」
「そういうおまえはジャージじゃねぇか。店は?」
「今日は休み。おまえは夜勤明けか?」
「ああ」
「じゃあ自分の部屋帰って寝ろよ」
白川が布団から探り出した理久の手にアイスを強引に握らせながら黒瀬と会話し、当然のように続けた。
「ハニーちゃんも帰りなよ。りっくんは俺が看てるから」
……はぁ? と理久は思った。
理久のこころの声とシンクロして、黒瀬が「はぁ?」と口にした。
梓は目を丸くして、それからキッと白川を睨みつけた。
「あなたこそ帰ってください。理久は僕がちゃんと看ますから。こういうのも、買ってもらわなくて大丈夫です。持って帰ってもらえますか」
ふだん穏やかな梓がここまでつけつけと物を言うのは珍しい。
理久をまもるために必死に牙を剥いている小型犬のようで、見ている理久の方がなぜだか少し可笑しくなった。
同じ感想を抱いたのか白川が、
「よしよし、落ち着きなよ」
と言って犬にするように梓の頭を撫でた。するとすぐにその手を黒瀬が叩き落してきた。
「白川、おまえなにしに来たんだ」
「りっくんの看病って言ってんじゃん。ほら、いいからおまえらは隣に帰れって。黒瀬も夜勤明けで眠たいだろ。ダンナに添寝してやるのはハニーちゃんの仕事なんだから、ハニーちゃんもついてってやりなよ」
「あなたこそ帰ってくださいって言ってるでしょ!」
飄々とした白川に、ついに梓が声を荒げた。そうしてから彼はまた両手で口を押え、申し訳なさそうに理久を窺ってきた。
「……店長、梓は、ハニーちゃんなんて名前じゃないです。あと、うるさいっス」
「俺が? うるさいのは梓ちゃんだろ」
「おまえが梓を怒らせるからだろ」
「でもりっくんは俺の方がいいでしょ?」
さらり、と白川が理久に問いかけてきた。
理久は右手に置かれたアイスの冷たさに気を取られながらも、どういう意味でそう言われたのかわからずに白川を見つめた。
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