隣人に光の射すとき

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 白川が、整った顔に笑みを載せて、滲むような視線で理久を見つめ返してくる。 「……意味わかんねぇっス」 「そう? だってりっくん、気を遣うでしょ」  他愛のない口調で断定されて驚いた。  ふと梓を見たら、子犬のような顔がどんどんと険悪になっている。 「気を遣うっていうなら他人のあなたの相手の方がよっぽど気疲れします。理久が疲れる前に帰ってください!」  白川が軽やかな笑い声を上げた。  爪先まできれいに整っている男の指が、火照った理久の頬を軽く押してきた。 「はは。自分はりっくんの他人じゃないなんて、ずいぶんと傲慢だ」 「おい、白川」 「どれだけ仲が良くても、きみとりっくんはべつの人間なんだよ、梓ちゃん」  白川のセリフに、梓が虚を突かれた顔をした。  男の言葉は、理久の胸もまた、深く突き刺していた。  梓になりたいといくら願ったところで、所詮理久は理久なのだ、と。  当然のことを、当たり前に教えてくるような声だった。  梓の瞳が揺れる。  自分が理久にとって負担になっているのか、と問いたげに、不安を浮かべて揺れている。  笑い飛ばしてやるべきだ。  幼い頃から身を寄せ合って一緒に過ごしてきた梓と。  ほんの数か月前からの付き合いの、バイト先の店長など。  比べものにならないと言って、理久は、笑い飛ばしてやるべきだった。  店長の言葉なんて真に受けるなよ、と梓へ声をかけてあげなければいけない。  それなのに。  唇に(のり)がくっついたかのように、口が動かなかった。  理久の頬に触れている白川の指が、頬骨を辿りながら上へと移動して、涙の滲む目尻を、やわらかくこすった。  こちらを見下ろしてくる男の目は、やさしい。 「なんてね」  へらり、と軽薄な笑みを浮かべて、白川がシリアスだった空気を一変させた。 「俺の周り、昔から黒瀬みたいなごつい奴しかいなくてさ~。一回、看病イベントやってみたかったんだよね。梓ちゃん、今日はおじさんに譲ってよ」  梓を振り向いてそう言った白川に、梓の眉がまた吊り上がる。 「そんな理由で……」 「でも俺の申し出断ったら、りっくんが困るでしょ?」 「なんで理久が困るんですかっ」 「だって俺、りっくんのバイト先の店長だよ?」  時代劇の印籠を振りかざすかのように『店長』をアピールして、白川が唇の端をにんまりと引き上げた。 「店長を邪険に追い払ったら、りっくん、バイト来づらくなっちゃうよね~」  ふざけた男の言い分に、梓が唖然とする。  理久も同じ気分で、なに言ってんだコイツ、と思った。 「おい、白川」  見るに見かねた黒瀬が、白川の肩を掴んだ。  白川が横目で友人を流し見て、少しだけピリっとした空気を纏う。 「……わかった」  理久は不毛なやりとりを終わらせるべく、掠れた声を絞り出した。  正直、頭の上で口論を続けられると、聞いているほうが疲れる。  それにそろそろ体力も限界だった。 「もう店長でいいっス」 「店長『が』いいって言ってほしいな」  混ぜ返してくる白川を無視して、理久は梓へと目を向けた。 「梓。おっさんと一緒に帰っといて」 「理久」 「店長もどうせすぐに飽きて帰るだろうし」 「ひどい。俺のことどんな男だと思ってんの」 「うるせぇスよ。アンタは黙ってろ。梓。店長が居なくなったらおまえ呼ぶから」 「……理久」  梓が迷う素振りで理久と黒瀬を見比べた。  黒瀬が眉をしかめたまま、ぼりぼりと頭を掻いた。それから、白川のジャージの胸倉を掴み、彼へぐっと顔を近づけると、 「任せていいのか」  と、低く囁いた。まるで恫喝するかのような迫力があった。  しかし白川は現役刑事に凄まれても涼しい表情で、ひらひらと手を振る。 「俺の手に負えない状態だったらちゃんとおまえと梓ちゃんを呼ぶよ。壁でも叩いたらいいか?」 「……ふつうに電話しろ」  ぼそり、と吐き捨てた黒瀬が、白川を解放した。その手で梓の肩を抱き寄せ、 「行くぞ」  と促す。  梓は最後まで迷いを露わに、理久を見ていた。  理久がさっさと行けと指で合図すると、ようやく梓は黒瀬とともに部屋を出て行った。  がちゃん、と外から施錠される音が聞こえてくる。  それを待っていたかのように白川が口を開いた。 「いや~、すごい過保護だね、梓ちゃん」 「…………店長がワケわかんねぇこと言うから。なんなんスかアンタ」  理久はごろりと寝返りを打とうとして……自分がまだカップアイスを握ったままだったことを思い出す。  理久の右手はすっかり冷えていた。
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