隣人に光の射すとき

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 中身が溶け始めているのだろう、やわらかくなったカップをどうすればいいのか戸惑っていると、伸びてきた白川の手がそれを取り上げてくれた。 「俺はりっくんの看病をしたいだけだってば。あ~あ、溶けちゃったね」  小さな音を立ててフタを開けた白川が、中身を見て甘く笑う。  だらしないジャージ姿だけれど、外見は俳優のようだ。金持ちの家の気楽な三男坊。その肩書だけで女が寄ってくるだろうに、せっかくの休みにこんな場所で痩せっぽちの男の看病がしたいだなんて、酔狂なひとだな、と理久は思った。  白川がなにを思ったのか人差し指をカップに突っ込み、アイスを(まと)った指を「はい」と理久の口元へ差し出してきた。 「は?」 「垂れるから、早く」 「いや、っていうか」 「俺の手、ちゃんと消毒してきたからきれいだよ」  そこを気にしてるわけではない、と言おうとした理久の唇の隙間に、男の指が潜り込んできた。  ひやりと甘い味が、舌に乗る。  反射的に口をすぼめて指を吸ってしまった理久を見て、白川が満足げに笑った。 「どう? 新作アイスの味は」 「……わかんねぇよ」 「ははっ。……うん、甘いね」  理久の唾液がついた指で新たにアイスを(すく)って、白川が今度は自分の口へとそれを運んだ。 「他の味も買ってきてるから、いっぱい食べなね。あ、そういえば黒瀬の奴、ちゃんと冷凍庫に入れてくれたのかな」  首を傾げながらアイスを脇へと置いた白川は、理久の冷えた右手を握って、毛布の中へと導いた。  体温を移すかのようにぴたりと重なったてのひらは、そのまま離れてはいかずに、ぎゅっと指を絡めてくる。 「……これが店長の言う、看病イベントですか?」  まるで女にでもするようなスキンシップに、理久は居心地が悪くなって身じろいだ。 「俺の看病は添い寝までセットだよ」  パチン、ときれいなウインクをひとつくれて。  白川が理久の頭をくしゃりと撫でてくる。  熱のせいで汗でじっとりと濡れているだろうに、厭わずに触れてくる手は、存外ここち良くて、理久ははふ……と吐息した。 「体がしんどいときは、さ」  あやすようなトーンで、白川が低く囁く。 「こころもしんどくなるでしょ。りっくん、よく我慢したね」  えらいえらい、と褒められて、理久は男を凝視した。  白川がなにを言おうとしているのか、なんとなく察せられて怖くなる。 「……てんちょう」 「梓ちゃんたち見てるの、しんどかっただろ?」 「店長っ!」  叫んだ途端に咳が出た。  毛布の中で悶えるように体を捩りながら、ゴホゴホと喉を震わせる。体力が奪われるから咳はしたくないのに、理久の意思とは無関係にそれはなかなか止まってくれない  梓の手とはまったく違う、力強い腕が理久の体に巻き付いてきた。  かと思うとそれは、ひどくやさしい仕草で理久を抱きしめて、背中をさすってくれる。 「よしよし、大丈夫だよネコくん。梓ちゃんや黒瀬には見せれない姿も、俺になら大丈夫だろう? 近しいひとにほど、言えないこともあるし、気を遣うこともあるよな。でも俺は、きみにとっては通行人Aぐらいの存在だから、俺になら、弱音を吐いたっていいんだよ」
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