隣人に光の射すとき

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 なんだそりゃ、と理久は思った。  ネコくんってなんだよ、アンタそんな呼び方でオレのこと呼んでたのかよ。  アンタはオレのなにを知ってるんだよ。  胸の中で男へぶつけたい言葉は次から次に湧いてきて。  でも出てくるのは咳だけで。  理久は、手に当たったものをがむしゃらに掴んだ。  それは、白川のジャージだった。  ベッドへと乗り上げてきた白川が、ぜぇぜぇと肩で息をしている理久を丁寧な動作で抱き起した。  そのまま子どもでも抱っこするように、理久を太ももに座らせて、正面から抱き合う形で自分の胸にもたれさせてきた。  寒さを覚える前に毛布が肩に掛けられる。  毛布ごとしっかりと抱きしめられて、理久は男の体温に包まれた。 「俺ならすべて、忘れてあげるよ、ネコくん。ほら、溜め込んだもの、出してごらん」  トン、とやわらかく背を叩かれた。  理久の内側にあるものを、吐き出させるように、ゆったりとしたリズムで。  トン、トン、トン、とてのひらが弾む。  どうしようもなくなって、理久は、震える呼吸を吐き出した。 「……お、おれ……梓が好きだ」 「うん」 「でも、おっさんも、好きだ」 「うん」  しずかに、白川が頷きを返してくる。  頬を押し付けている胸からは、乱れのない穏やかな鼓動が伝わってきて、理久は縋りつくようにぎゅっとジャージの肩口を掴んだ。 「二人には、しあわせになってほしい。嘘じゃない。嘘じゃないんだ。嘘じゃ、ないのに……」  振り絞るようにして、理久は嗚咽した。  喉奥がわけのわからない感情で塞がれていて、呼吸が苦しい。  吐き出したって少しも楽にならない。  楽になんか、ならないのに。 「大丈夫、言っていいんだよ」  白川が、そう、促してくるから。  理久は涙とともに、その言葉を、口にした。 「オレ……梓に、なりたい」    言ってしまってから、途方のない後悔が押し寄せてきた。  白川にしがみついている指先が、しびれている。  体が(くずお)れてしまいそうだ。  でも白川の腕が、理久を確かに支えてくれている。 「梓に、なりたい。梓になって……おっさんに、愛されたい」  きたないきたない本音が、喉から飛び出した。  それを聞いても男の手は、変わらずにやさしく理久の背を叩いていた。 「いまだけ、黒瀬の代わりをしてあげようか?」  白川の声が、合わさった胸を振動させて伝わってくる。  理久は涙で歪む視界に、彼の整った顔を映した。  白川がにこりと微笑して、熱で火照った理久のひたいに、ちゅ、とキスをする。 「愛してるよ、理久」  低く甘い声が囁いた。  それを聞いたらなんだか可笑しくなってきて、理久は肩を小さく揺らして笑った。 「……想像できねぇ」  黒瀬が理久にそんなことを言う場面が、微塵も想像できなくて。  想像できない自分に、少しだけホッとして、理久は泣きながら笑った。  そうしている内に瞼がどんどん重くなってきて、理久は白川にもたれかかりながら目を閉じた。  背中で弾んでいた男の手が、いつの間にか移動して、後頭部をやわらかく撫でている。戯れのように首の後ろを揉まれて、気持ちよさにふぅと息が漏れた。 「お休み、ネコくん。目を覚ますころにはぜんぶ忘れてあげるからね」  白川の声が鼓膜に甘く満ちる。
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