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踏み込めない境界
「これで最後だって言っても、あなたは傷つかないんでしょうね。」
彼はそう私に聞こえるかどうか微妙な声で呟く。
「うん?何か言った?」
私はそれに対していつものように聞こえないふりをした。
彼はいつものように複雑そうな表情をして苦笑いを浮かべる。
「なんでもありませんよ。先輩、荷物はこれだけですか?」
「うん、ありがとう。後は置いていくの。」
彼の足元にある段ボール3箱。
そこには食器と衣服が詰め込んであるだけで、いままで買い集めた雑誌とかCDは別のところに置き去りにされている。
大きな家具はもう新しい家へと運び込まれていて、この町とも明日の朝でさよならだ。
「そうですか。」
彼がそれ以上何も言わなかったので、私も何も言わなかった。
「今日は手伝ってくれてありがとう。」
疲れたからどこかに晩御飯を食べに行こうと、そう誘ったのは私の最後の賭け。
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