一章 すずこ

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 自己嫌悪も相まってすっかり疲弊しきっていたが、ここで終わるわけにはいかない。  いっそのこと、お金なら払うのでこちらのやりたいことに全部付き合ってくれる、仏様のような良い人は存在しないものか。その道のプロのような。 「プロなら一般人と違って、それを生業にしてるわけだしさぁ」  でもそんなのいないし、と思いかけたところで「いや、いたわ」と気付く。  ——レンタル彼氏だ。  どうして今まで思いつかなかったのだろう。  私は放り投げていたスマートフォンを再び手に取り、〈レンタル彼氏〉というワードに自分が住んでいる地域名を添えて検索した。トップに出てきたのは全国的に事業展開をしているというグループ会社のサイトで、〝業界最大手〟の言葉につられて早速クリックしてみる。  そのまま流れるようにキャスト一覧のページまで行くと、レンタル彼氏たちの写真が画面いっぱいに映し出された。一瞬怯みかけたけれど、心を強く持ち、果敢に一人一人のプロフィールを確認していく。  顔なんかどうでもいい。問題は趣味だ。 「美味しいものを食べるのが大好きです!」や「カフェ巡りとか一緒にしたいな♪」という人はいくらでもいた。いいなぁ、と心を持って行かれそうになるも、私が一番に求めているのはそこじゃない。後ろ髪を引かれる思いで我慢し、根気強くチェックを進めていくと——ようやく、その人は見つかった。  野球観戦が趣味の、レンタル彼氏。  名は博臣(ひろおみ)というらしい。  少し冷静を取り戻して顔を見てみると、衝撃のあまり私は椅子から滑り落ちてしまった。  とんでもなく美形なのである。  彫りは深いがしつこさは一切なく、今流行りの〝イケメン〟というよりは、世代を問わず好まれそうな〝ハンサム〟と言ったほうがいいのかもしれない。  王子様然としていて……なるほど、確かにこれは博臣顔だ。  ちなみに身長は百八十一センチの、三十一歳。  彼と一緒に野球観戦をする自分の姿を想像してみると、いたたまれなさから胃がキリキリと痛んだが、ここまできたからにはもう後に引けぬ。  そこで私はようやくレンタル彼氏の利用方法やデートのルールを確認した。  細かいことは置いておいて、特筆すべきは以下の三点だろう。 ・デート日の調整は、彼氏本人とメールかLINEでやりとりをして決めること。 ・デート代は一時間五千円。時間が延びると、延長料金を払わなくてはならない。 ・デートで使うお金——食事代、施設利用費、交通費等は全て客が支払わなければならない。  まあ、想定の範囲内ではある。  一時間五千円ということは。  まずは十四時くらいに会って、打ち解けるためにお茶でもしたほうが良いだろう。どうせなら気になっていた人気のカフェに行きたい。そこから球場に行ってグッズを買って試合を観て……試合は長引いたとしても、二十二時までにはさすがに終了するはずだ。  頭の中でゆっくりと計算をしていく。  つまり、 「四万円」  そして、デートにかかる費用は全てこちらが負担しなければならない。ここで私は初めて躊躇してしまった。ただでさえ本の売上が落ちているというのに、こんな贅沢をしてしまっていいのか。お金はもっと別のことに使ったほうが良いのではないか。  心は激しく揺らいだが、それ以上に今日の私は必死だった。 「いや、いいんだよ。むしろこういうところでお金は使うべき」  これは小説家を続けていくための、大事な一歩。  自分にそう言い聞かせ、私は博臣氏のページまで戻り【彼とデートする】と書かれたところを力強くクリックするのだった。
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