一章 すずこ

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 多分、普通の人は気にならないであろう、些細な違和感。  博臣さんは確かに優しいし、爽やかな癒し系であることは間違いない。  ただ、なんというか不自然なまでに隙がなさすぎる。その目の奥にあるのは優しさだけではなくって、常に私を分析するような——鋭さ。  冷徹とまでは言わぬものの、仄暗いなにかが彼の中には確かに存在している。  私は幼い頃から目敏すぎるきらいがあった。それを短所だと思うことも、長所だと思うことも、頻度としては半々といった感じではあるのだけれど。  果たして、今回はどちらだと結論付けることになるのか。 「……博臣さんの性格欄が空白だったのって、もしかして〝定めてない〟からですか?」  このまま気付かないふりを続けてもよかった。  それでも、好奇心に抗うことは出来なかった。  言った後で、言葉が足りなさすぎたのでは、と思わず反省してしまったけれど、どうやら博臣さんには通じたらしい。その長い足が、ぴたりと止まったのだ。つられて、こちらも歩くのをやめる。  彼はどこか驚いた様子で、私をじっと見ていた。 「……」 「……」  そのまま数秒見つめ合った後、 「うーん」  博臣さんはがくりと項垂れ、首をぼりぼりと掻いた。  それはこれまでの優雅な立ち居振る舞いとは一転し、どこか野性的な仕草であった。 「あー……、ごめんなさい」  謝罪の言葉を口にしながら、再びすっと上がった顔を見て私は驚く。  博臣さんの顔から表情という表情が見事に抜け落ちていたのだ。  なにを考えているのか分からない……というより、なんというか——無。 「これまで、お客さんには一度も気付かれたことなかったんだけどなぁ」 「え、そうなんですか?」  やってはいけないことをやってしまったのでは、とハラハラする私をよそに、博臣さんは「すずこさん、すごいですね」と言う。 「ついでに言うと、お客さんに素を見せるのもこれが初めてです」  無表情のまま、博臣さんは淡々と話していく。  どうやら怒っているわけではなく、これが通常運転の彼ということらしい。  しかし髪型や服装はそのままなのに、表情や話し方が変わるだけで人間というのはここまで雰囲気が一変するものなのだろうか。 「事前に交わすメッセージの文面から、相手がどういう人か大体見えてくるんですよね。だから当日は、それぞれお客さんが好きそうなキャラを予想して演じているというか。もちろん会ってからも臨機応変に調整はしますけど」  彼は種明かしをするように、衝撃の事実を打ち明けていく。  気持ち良いくらい正直なので私は驚きを通り越し、感心してしまった。 「なるほど。すごいですね」 「多分、自分が持ってる唯一の才能っすね。どうしますか、キャンセルします?」  突然出てきた不穏なワードに、私は「ええっ」と目を丸くする。 「どうして、キャンセル?」 「俺みたいなの、一緒にいても楽しくないでしょう? すずこさんもせっかくお金を払うんなら、もっと愛想が良くて優しい感じの奴が良いんじゃないですか?」 「はあ……。でも、キャンセルはいいです」  確かに演技をしていたときの彼のほうが、ずっと理想的な〝彼氏〟ではあっただろう。  しかし、私は素の博臣さんも悪くないと思った。無骨なだけでやさしくないわけでないことは伝わってくるし、なによりこの人間くささがたまらない。  つまるところ、私はこの博臣というハンサムに俄然興味が湧いてきたのである。 「本当に良いんですか?」 「はい。今日は一日よろしくお願いします」  すると、博臣さんは「ありがとうございます」と言って微かに笑った。演技をしていたときみたいに表情がコロコロと変わることはないようだけれど、全く感情を表に出さないというわけでもないらしい。
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