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「……」
私は強い。
すぐに泣いたりしないし、嫌なことがあっても愚痴らない。
困ったことがあっても、人には相談せず一人で解決する術を考える……はずだったのに。
気付けば最近の自分に起こった出来事を、訥々と語り出していた。辛かったことを笑いに変えたりせず、情けないと思った気持ちを包み隠したりせず。
そうして私が全てを話し終えると、博臣さんはふうと息を吐いた。
「小説家さんって、大変なんだなぁ。やっぱり、すずこさんすごいですよ」
どうやら、気の利いたアドバイスは出来ないというのは本当のようだ。しかし細かいことを言われるより、心のこもったその言葉のほうが、優しく労わってもらえているような気がして私はずっと嬉しい。
「実は私、最初はレンタル彼氏じゃなくてマッチングアプリで出会った人とデート——というか野球観戦をしようと思ってたんです。でも、結局怖くなってやめて。でもこれ、小説の良いネタになるんじゃないかと思って担当さんにも案を出してみたんですよ」
「マッチングアプリ、流行ってますもんね」
「はい。登録してみたら思いついたって言うと、最初は食いついてくれたんです。……でも今後利用する気はないって言うと『使用してる人が多いなか、納得してもらえるような話が書けるんですか?』って言われて、ぐうの音も出なかったんですよね」
佐久間さんは、同年代をターゲットにしたいのなら、共感してもらえるようなリアルな描写が必要不可欠だと言っていた。それはごもっともだと私自身理解しているからこそ、押し切ることが出来なかった。
自分に書けるリアルな話って、なんなんだろう。
考え出すとキリがなくて、まさに堂々巡りをしてしまっているのが現状だ。
「利用したって嘘つけばよかったのに」
「……へ?」
思いもよらぬ言葉に、私は間抜けた声を上げてしまう。
「すずこさん、真面目すぎですよ。今はSNSなんかで、実際に利用してる人がいくらでも感想とかレポとか詳しくアップしてるじゃないですか」
「それはまあ、そうですね」
「そういうのをめちゃめちゃ読み込めば、多少なりとも分かるはずですよ。目敏いすずこさんなら、洞察力も鋭いだろうし。嘘をついてでも書いてみて、それでダメだったら、そのときはそのときだったんじゃないかな」
「でも、嘘はよろしくないんじゃ」
「自分の思うように生きていきたいなら、時と場合によっては嘘だって必要です。じゃないとやってられませんよ」
「……そうなんですかね?」
「そうですよ」
有無を言わせぬきっぱりとした物言いに、流されやすい私は「そうなのかぁ」と脱力する。
そのとき、タイミング良く二つのパンケーキが運ばれてきた。
「うわぁ」
目の前に置かれた大きなお皿たちに、私は歓声を上げる。
絵本に出てきそうな二枚重ねの厚い生地。それを華やかに彩るのは、美しく盛られたソースやフルーツたちだ。あまりの可愛らしさに胸が大きく高鳴る。早く食べたい、でも勿体ない。
反射的にスマートフォンを手に取り、カメラを起動させる。
「お、すずこさんは写真撮るタイプですか」
「普段は全く撮らないんですけど、今日は博臣さんとのデートの記念に」
そう言うと、博臣さんは声を上げて笑った。
こういう笑い方もするんだ、と思うとなんだか少しだけ愛おしくなってしまう。こんな私をもキュンキュンさせてしまう博臣さんは、やはり素であろうと立派なレンタル彼氏であることに変わりはない。
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