一章 すずこ

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 それから二人で分け合って食べたパンケーキはとにかく美味しかった。  ふわふわの生地にソースが絶妙な具合に染みこんでいて、口に入れるとじゅわっと心地よい甘さが広がっていく。私と博臣さんはたちまちその虜となり、合計すると恐らく十回以上は「美味しいですね」と言い合っただろう。 「……博臣さんって、三十一歳ですよね。結婚とか考えたりしますか?」  すっかり博臣さんと打ち解けた私は食後の珈琲を啜りながら聞いてみる。 「結婚ですか。まあ興味ないかなぁ。俺、自分のペースで生活するのが性に合ってるから、多分向いてないし」 「あ、考え方一緒だ」 「俺たち、本当に色々似てますね。でもすずこさん、なんか結婚願望とか強そうな感じするから意外だな」 「うーん」  一生独身でいる覚悟は既に決めている。……はずだったのに、先日親友たちに会ってからというもの、恋愛や結婚についてなにかと考えさせられることが多い。 「私って、頻繁に連絡を取り合うような友達がそんなにいないから、必然的に結婚報告を受けることもそう多くなくって。まあたまにSNSで報告してくれる子とかはいますけど」 「時代ですね」 「そういうのを見ても『おめでたいなぁ』って思うにとどまってたんです。……でも、博臣さんと会う前にLINEでやりとりをしたじゃないですか。そのときに、ふと友達欄を見てみたら驚いて。アイコンに結婚式や子どもの写真を使っている子がめちゃめちゃ増えてたんですよ」 「なるほど。そこで心が揺らいでしまったと」  博臣さんの言葉に、神妙にうなずく。  格好つけて孤高ぶっていた私だけれど、実際は一人でいる覚悟なんかこれっぽっちも出来ていなかったのかもしれない。 「まあ、だからといって結婚する気になったのかと問われれば、そんなこともないんですけどね。多分、仕事のことで色々あったから、感傷的になりやすい時期ではあるのかも。私、流されやすいところがあるし」 「人間ってのは大体そういうものですよ。まあすずこさんも覚悟を決めるのは良いけど、だからって全部を諦めなくてもいいんじゃないかなぁ」 「……私は諦めてたのだろうか」 「話を聞く感じ、無理やり諦めようとしているように感じたけど」 「えええ!」 「結婚するつもりはなくても、ある日もしかしたら運命的な出会いが訪れるかもしれないし。それでいつか良い人と結婚出来たらラッキー、くらいに考えておきましょうよ」  彼は全体的に緩いし、やはり心に刺さるようなアドバイスをくれるわけでもない。  しかし、話をしていくうちに気持ちが楽になっていくのは確かだった。 「……博臣さんって運命とか信じてるんですね。なんか意外」 「一応ね。でも自分にはないと思います。こんな仕事してるし」  そういえば、彼はどうしてレンタル彼氏をしているのだろう。  格好良いし、あれだけの演技力を持っているのなら、モデルや俳優なんかでもやっていけそうなのに。 「すずこさんに偉そうなこと言っちゃったけど、俺もこのまま一生独身だろうなぁ」 「結婚していくお友達を見て、焦ったりしないんですか?」 「それは全く。っていうか俺、そもそも友達いないし」  私なんかと違い正真正銘、孤高な男・博臣はあっさりとそう言い放ち、「まだ苦いな、これ」と珈琲の中に角砂糖を五つ、どぼどぼと落としていくのだった。
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