一章 すずこ

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 家を出る前に、もう一度だけ鞄の中を確認してみる。  二人分の野球の観戦チケットに、いつもより少しだけ膨らんだ財布。  交通費に食事代、レプリカユニフォームを着て応援するのが夢だったから、グッズ代も欠かせない。デートで使うお金は、全て客——つまり私が出すことがルールとなっているので、余裕を持って十万以上用意した。もちろん相手からなにかをねだられたりしたら、あっさりと買ってやるだけの心積もりだって出来ている。準備は万端だ。  今日という日を迎えるにあたり、私はたくさんの勇気を振り絞った。  だからこそ、自分の欲望に対し理由を見つけて我慢したりしないし、欲しいと思ったものは迷わずに買おうと決めている。食べたいと思ったものだって、全部食べる。お腹がいっぱいになってしまったら、食べてもらえばいい。  覚悟を決めるようにうなずいて、最後はシンプルな白封筒にそっと手を添えた。  こちらも、またお金だ。  これは私が今日、男を買うお金である。  ……いや、正確に言えば男の〝時間〟を買うお金である。  いわば、今日の私は女王様。  心を強く持ち、毅然と、全力で楽しまなければならない。
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