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美容師を辞めたあと、私は〈あまり怒られない〉〈ハードではない〉〈家でできる〉の三点に重きを置き、慎重に職探しをした。
美容師のときみたいにすぐ辞めてしまったら、自分だけでなく周りにも迷惑をかけてしまう。だからといって、無理をするのは良くない。甘ったれが甘ったれなりに考えた末、導きだした職業こそが小説家だった。
幼い頃から趣味は一貫して読書だったし、毎晩寝る前は空想にふけっている。
若気の至りと言うべきか、「理由はそれだけで十分じゃないか」と当時は強く思ってしまったのだ。それまで小説を書いたことなんか一度もなかったというのに、我ながらめちゃくちゃである。
ただ、私は本気だった。
まずは貯金をはたいてたくさんの本を買い、それを片っ端から読破していった。趣味ではなく、いずれ自分が書くことを意識した〝分析〟としての読書だ。同時進行で執筆マナーや新人賞の情報なんかも調べたりと、最初の一年ほどは働きもせず、とにかく勉強をすることに時間を費やした。
その後、満を持して書き上げた作品が新人賞で大賞を受賞し、無事にデビューが決定。三百万の賞金を手に入れたうえ、デビュー作『君と僕の時を超えた物語』——通称『キミトキ』は大ヒットし、なんと実写映画にまでなった。
こうして書いてみると、なんだか安っぽい成り上がりドラマのような展開だけれど、これは実際に私の身に起こった奇跡のような出来事なのである。
しかし、人生は小説のようにキリが良いところで物語終了、というわけにはいかない。
「やっぱり『キミトキ』がお涙頂戴の青春恋愛モノだったからって、似たようなものばかり発表していくのはもうきついと思うんですよ。主役は高校生で、恋に落ちる相手は学校の先生だったり、余命いくばくもないクラスメイトだったり、闇落ちした幼馴染だったり。若者へのウケを露骨に狙いすぎというか」
そして、そういったものを書くよう私に指示をだすのは、向かいに座っている佐久間さんに他ならないわけで。
「でも森野さんは『キミトキ』の貯金でやっていけてるようなものだしなぁ」
「……私、自分と同世代の人をターゲットにした小説が書きたいです」
テーマ等はまだなにも決めていないけれど、それはずっと考えていることだった。
「同世代かぁ。あれ、森野さんっていくつでしたっけ」
「早生まれで、今は二十八です」
「え、もうそんな年? 見えないっすね。童顔ってわけでもないのに」
年齢を言うと驚かれることが多いのは事実だ。本当は謙遜したほうが良いのだろうが、相手は佐久間さんなので曖昧な表情を浮かべるにとどめておく。
それに、私に対しての〝若く見える〟は恐らく誉め言葉ではない。
「大人としての責任感が皆無なので、だらしない感じが顔にもよく出てるんでしょうね」
「ははあ、なるほど」
佐久間さんは声を上げて笑う。
先ほどとは一転し、今度はこの鷹揚さに救われる自分もいた。人見知りの私でも、彼とならこうして楽しく話すことが出来る。
しかし、気を抜くと容赦なく痛いところを突いてくるのが、この佐久間という男でもあるのだ。
「そっかぁ、森野さんももうすぐ三十」
「デビューから五年以上経ちましたからねー」
「そっかそっか。……んん? でも、そう考えるとやっぱり同世代をターゲットにするのは難しくないですか? もちろん一概には言えないけど、読者になるであろう世の三十歳は森野さんと全然違いますよ。仕事をバリバリやって会社で出世したり、家庭を持ったり。森野さん、今ですら社会経験のなさが小説の内容に響いてるってのに、そういうの書けるんですか?」
いくらなんでも言い過ぎではなかろうか。
悔しく思い、勢いよく前のめりになったものの、姿勢とは裏腹に言葉はなにも出てこず自分でも驚いた。恥ずかしいことに、今の私には彼に言い返せるよう事柄がなにひとつ見つからなかったのである。
結局は全てを飲み込むようにして、口をきつく結ぶしかなかった。
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