一章 すずこ

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 その後、新作の方向性は定まらぬまま打ち合わせは終了し、佐久間さんとは別れた。抜け殻状態の私はこのまま一刻も早く帰宅したいところだったが、ぐっと我慢して書店へと向かう。  今日は同期である深山緑の新作発売日なのだ。  ともにデビューした仲間たちの居住地は全国各地に散らばっている。気軽に会うことこそ適わぬものの、それを埋めるようにデビューから五年以上が経った今でも連絡は頻繁に取り合うようにしており、その絆はとても強固だ。  深山さんは私の五つ上で、医師をしながら小説家としても活動している。持ち前の頭脳を活かし、最近は本格ミステリーの分野でめきめきと頭角を現している実力派だ。彼から刊行の知らせを受けた際、発売日に読むと勢いよく宣言してしまった。大人としても仲間としても、自分の発言には責任を持たなければならない。  一応私も読書好きの端くれではあるので、いざ書店に足を踏み入れると、沈んでいた気持ちが少しだけ浮上する。しかも入ってすぐの目立つ場所に、深山さんの新作はずらりと並べられていた。作者や作品そのものに対しての愛が伝わるポップもまた素敵で、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。  一冊手に取り、真っ直ぐレジへと向かったものの、途中でふと「このままじゃやばいです」という佐久間さんの言葉が脳裏をよぎった。  しばらくの逡巡の後、私はしれっと行き先を文芸売り場に変更する。  発売から一ヶ月以上経つというのに、私の作品もまた目立つところに高く積まれてあった。普段の自分だったら素直に喜ぶところだけれど、今日ばかりはさすがに戸惑ってしまう。  これは人気があるからこその、高さなのか。  それとも売れてないから、この高さなのか。  この書店での売上は分からないので、いくら考えても埒は明かない。悩んだ末、半ばヤケクソでこちらも一冊手に取った。  自分で自分の本の売上に貢献してやろうじゃないか。 「カバーしますか?」 「お願いします」 「袋はいかがしましょう」 「あるから大丈夫です」 「かしこまりました」  カウンターの向こうでレジを打つ店員さんとお決まりのやりとりをしながら、考える。  深山さんはデビュー当初からミステリーを書くことを夢見ていたが、私と同じく担当編集からのGOサインがなかなか出なかったという。それでもめげずに案を出し続け、ときには鬱陶しがられながらも、ようやく手掛けることが出来た作品がスマッシュヒット。これが現在の仕事にも繋がっている。  それに引き換え、デビュー作で運良く手に入れた〝貯金〟をすり減らしていきながら、ずるずると活動を続けている私。  なんというか、見事なまでに対極的な小説家人生だ。  やはり深山さんを見習って、ダメ元でもいくつかプロットを作ってみようか——そう考えていると「お待たせしました」の声が聞こえてくる。顔を上げてみると、カウンターの上には既にブックカバーを包み終えた本たちが置かれていた。 「あ、ありがとうございます!」  慌ててそれを手に取り、鞄の中に入れようとするが、 「んんん?」  あることに気付き、首を傾げてしまう。  私が買ったのは、単行本の小説二冊だ。  サイズもそう変わりない。  ……なのに、ブックカバーが違う。  一つは書店の通常タイプのもの、もう一つはやけにド派手なデザインのもの。どれくらい派手かというと、カラフルでポップなイラストがでかでかと描かれていて、とにかく異彩を放っている。放ちすぎている。正直、外でこのブックカバーがついた本は読みたくない。  どうやら製パン会社とのコラボのようで、食い入るように見てみると、イラストの正体はすっごく不細工なコロッケパンであることが分かった。  ころっけぱん。  本を手にした状態のまま書店を出ると、すぐさま通常ブックカバーのほうを外してみる。そちらは——深山さんのだった。  ということは、もう片方のド派手なブックカバーは私の本につけられたということ。  深い意味はないのかもしれない。  そう自分に言い聞かせてみるが、やはりショックは隠し切れなかった。  このブックカバーに、私と深山さんというそれぞれの小説家に対して、世間が抱いているイメージをそのままぶつけられてしまったような気がしたのである。
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