一章 すずこ

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 *** 「時間だけど来ないねぇ」 「私はそんな気がしてたよ。あの子、時間通りに来たためしがないし。遅れてきて『乗る予定だった電車が目の前で行っちゃってさー』って言うまでがセットだから」 「あれ、さゆちゃんが遅刻したときの常套句だよね」  待ち合わせ場所である駅の改札前で、私はりっちゃんこと松井立夏と並んでいた。  人気のケーキ店に勤めているりっちゃんは、職業柄かとても清潔感がある。涼し気で気品漂う顔立ちに、艶のある黒髪ストレート。シンプルな服をさらりと着こなし、なんというか〝出来る女〟感が強くて格好良い。 「りっちゃん、また綺麗になったなぁ」  自分より六センチ身長が高い彼女を見上げて、私は言う。 「すっちって、昔からそういうこと躊躇いなく言ってくれるよね」 「こういうのは口に出していかなくちゃだめだもん」  ちなみに、すっちは私のあだ名だ。  他愛もない話をしながら待つこと五分、ようやくその子はやって来た。 「ごめーん! 乗る予定だった電車が目の前で行っちゃってさー」  矢野紗由美——さゆちゃんは私たちの予想通りの言葉を口にする。  さゆちゃんは小柄だけれど、とんでもなく高いヒールの靴を履いているので、今は私よりも目線が高いところにあった。アパレル店員をしているからか、三人の中ではファッションもヘアメイクも一際派手で垢抜けている。  綺麗なりっちゃんに、可愛いさゆちゃん。  そして、可もなく不可もなくな私。  なんというかこの感じ、 「「「久しぶりだねぇ」」」  見事に三人の声が重なった。  驚いて目を見合わせた後、くすくすと笑いながら私たちは歩き出す。 「会う度に『久しぶり』って言うよね、うちら」 「連絡は取り合うけど、会うことはなかなかだもんね」  さゆちゃんとりっちゃんの言葉に、大きくうなずく。  二人とは美容学校時代からの付き合いで、親友と言い合える仲だ。入学式のとき、同じクラスで出席番号が前後していた私たちは並んで座ることとなり、互いを探るように誰からともなく声を掛け合ったのが全てのはじまりだった。  見た目も中身もばらばらな私たちだけれど、気が合ったのかすぐに仲良くなり、そのまま現在に至る。美容学校時代の友人たちとは卒業後もSNSで繋がっているものの、今でもこうして定期的に会うのはりっちゃんとさゆちゃんの二人だけだ。  ちなみに、彼女たちもまた元美容師である。  美容師は離職率が高いとはいえ、三人揃って現在は美容と全く関係のない仕事に就いているというのは、私たちの数少ない共通点の一つかもしれない。  みんなで食事をするときは、かつて通っていた美容学校の近くにある飲食街で店を探すことが恒例となっている。遠出は面倒くさいという理由で、自然とここになるのだ。卒業して数年は学校に顔を出しに行くこともあったけれど、その数も徐々に減っていき、今ではもうさっぱりになってしまった。きっと先生たちの顔ぶれもがらりと変わってしまったに違いない。 「ごはん、なに食べよっか」  さゆちゃんがヒールの音を鳴らしながら言う。  それにつられ、私とりっちゃんもきょろきょろと辺りを見回す。そのとき、ふと行列の出来ているお店が目に入った。そこは以前テレビで取り上げられていた鉄板焼きのお店だった。 「ねぇ、あそこテレビで前にやってたけどすごく美味しそうだったよ。鉄板焼きなんだけど、どうかな?」  二人は私が指差した先を見て、露骨に表情を曇らせる。 「並ぶのやだ」  さゆちゃんは不貞腐れたように頬を膨らまし、 「うん。待つ時間、勿体ないし」  りっちゃんもきっぱりと言い切った。  もう少し説得してみてもいいのだが、なんだか面倒くさいのでやめておく。
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