一章 すずこ

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 そうしたやりとりを何度か繰り返し、最終的に私たちは『だいすけ』という古寂れた焼肉店を選んだ。客はいつも少ないのに味は確かなので、三人だとなんだかんだでここを選ぶことが多い。  店員は一番奥の広々とした、居心地の良さそうな席へと私たちを案内してくれた。思う存分いていいからね、と言ってくれているような気がして、少しだけざわついていた心はあっさりと静まって行く。我ながら単純だ。 「で、りっちゃんは彼氏とどうなの?」  向かいに座るさゆちゃんは、肉を焼きながらたずねた。  近況を報告し合うとき、導入としてまずは恋愛話を振るのが彼女のやり方なのである。私もつられるように「どうなのさ」という感じで、さゆちゃんの横でスマホをいじるりっちゃんに目を向けてみる。 「まあ、良い感じだよ」  一年前から板前と付き合っているりっちゃんは、淡々と言う。 「それより、さゆはどうなの? しげぴとは別れたんでしょ」  りっちゃんに聞かれ、さゆちゃんは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。 「今、良い感じの子がいてさ。年下でみっちゃんっていうんだけど」 「みっちゃん」 「年下のみっちゃんかぁ」  さゆちゃんは男の子にすぐあだ名をつけ、友人の前でもそのあだ名で呼ぶ。  元彼〝しげぴ〟の本名は結局なんだったのか、私たちは今も知らぬままだ。 「年下だけど、すごく気が遣えるんだよね。売れっ子のホストだから、めっちゃ格好良いし」 「ホストってことはお金いっぱい持ってるんだろうなぁ」  溜息交じりに私が言い、りっちゃんは「未来の保証はこれっぽっちもないけどね」と痛いところを突く。それに対して、さゆちゃんは豪快に笑った。それぞれがさっぱりとしているので、こういったストレートな発言が飛び出しても、悪い空気になったりはしない。私たちが仲良くしていられる所以は、こういうところにあるのだろう。  りっちゃんとさゆちゃんは恋愛体質というやつで、常に恋をしている。会う度にそれぞれの恋愛観を語り合ったり、その時々の彼氏や良い感じになっている男の子とのエピソードをたっぷり聞かせてくれる。  こうした親友たちの存在は、恋愛小説を書くうえでネタにしやすいので私としても非常に有難い。いつだって友達より男を優先する、自他共に認める自分勝手な女たち(特にさゆちゃん)ではあるが、そんな二人が私は嫌いじゃなかった。  お酒が進み、肉を焼いては食べることを繰り返しながら、さゆちゃんとりっちゃんは今日も彼氏とのことを色々話した。普段は特になんとも思わない惚気話なのに、何故だか今日は幸せそうな二人の姿を目の当たりにして、少しだけ胸が疼く。  そして、 「いいなぁ、彼氏」  独りごちるように呟くと、一瞬でさゆちゃんとりっちゃんの目の色が変わった。 「すっちもそういうこと思うようになった⁉」 「やっと来たか!」  二人の喜びように申し訳なさを覚えつつ、私はうなずく。 「うん。今めっちゃ思った。好きな人がいるっていいなぁって。でも、寝て起きたら、またどうでも良くなるんだろうな」  えー! とさゆちゃんは大袈裟に項垂れ、りっちゃんは呆れたように溜息を吐く。親友たちからすると、この考え方は信じられないのだろう。  私だって別に恋愛が嫌いというわけではない。  恋をしたときの身体がふわふわと宙に浮くような心地よさは好きだし、誰かに愛されると気持ちは満たされ、それは心にゆとりを持つことにも繋がる。ただ、それでも面倒くささのほうが勝ってしまうのだ。付き合うまでの駆け引き、そして付き合ってからしなければならないこと。  大人になって一通り経験したからこそ、もうお腹いっぱいなのかもしれない。
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