一章 すずこ

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 ***  帰宅してテレビをつけると、ちょうどニュース番組のスポーツコーナーがやっていて、アウルスの試合をハイライトで振り返っているところだった。  運が良い、と早速画面の隅に映し出されているスコアボードを確認してみる。  そして、驚いた。  相手はリーグ首位を競い合っているチームで、同点の九回裏で、アウルスの攻撃で、ツーアウト満塁で……要するにそれは、にわかの私にでも分かるくらい手に汗握る熱い展開だということ。 「すごいなぁ」  マウンドに立つ相手チームのピッチャー。そんなピッチャーを落ち着かせるように、キャッチャーは優し気なジェスチャーを繰り返している。両者ともに名前は分からないものの、顔に見覚えはあった。  対してバッターボックスに立つのは、アウルスどころか球界を代表するスターとも名高い光田選手だ。甘いマスクが印象的で普段は愛嬌たっぷりの人だけれど、さすがに今はそんな面影も見当たらない。獲物を狙うかの如く鋭い眼光が、試合の緊張感をより強く高めている。  ベンチで見守る選手、スタンドで祈るように手を合わせるファン。  画面越しでも、ただならぬ空気が伝わってくる。  光田選手はぐっとバットを構え、前を見据えた。いざ、勝負。  ピッチャーは一息つくと、ゆっくりとモーションに入り——投げた。  球種の判別は全くつかないけれど、それがめちゃめちゃ早いのだということだけは分かる。敵チームながら、まさに気迫溢れる凄まじい一投であった。  ……しかし、球界スターという肩書もまた伊達じゃない。  光田選手は自身が持つ大きな身体を最大限に活かし、豪快なスイングを振るう。  そしてバットに、 「あっ」  ——当たった。  ボールが大きな放物線を描いて飛んでいくと同時に、塁に出ていた選手たちも全力で走り出す。  興奮しきった実況アナウンサーの『良い当たりです! 伸びて、伸びて、伸びて……』という言葉とともに、カメラはボールの行方を追っていき——すとん、と外野席に入った。 「おおおおお!」  完璧なホームランに、私は思わず拍手をしてしまう。  相手チームのキャッチャーが肩を落とすなか、ベンチから飛び出してきたアウルスの選手たちは順にホームインしてくるチームメイトを手荒く労う。みんなが喜びを爆発させているなか、ガッツポーズをして悠然とベースを一周する光田選手がまた格好良い。 「……しっかり勉強して、次は野球小説を書こう」  そこまで言って、数十秒前まで心の中で繰り広げていた自分のお粗末すぎる実況を思い出し、早々に考えを撤回する。人には向き不向きがあるということを、決して忘れてはならない。  その後、番組は特集コーナーへと移った。内容はスポーツニュースの流れをそのままに、球場へと足繁く通う野球ファンたちの交流を追った、というものだった。  テレビには老若男女問わず、様々な球団を応援している人々の姿が映し出されていく。  今生のうちに一度でいいから、球場で野球観戦をしてみたい。  そんなことを思い続けて、私はもうすぐ三十歳になってしまう。まだ二十代ということであぐらをかいていたが、あんな小さな子どもたちですら楽しんでいることを、私はいまだ出来ずにいる。その事実に、なんだかやけに傷ついた。  野球観戦なんて、しようと思えばすぐ出来るはずなのに、一人では無理だからと言い続けていたら今日に至ってしまったわけで。  こういうときに思い浮かぶのは、つい先ほどまで一緒にいた親友二人の姿ではあるが、あの二人が野球観戦に付き合ってくれるとは思わない。私だって、わざわざ興味がない人を無理に誘ったりなんかしたくない。  りっちゃんとさゆちゃんのことは大好きだけれど、二人と私は微妙に価値観が異なっている。なんだか今日は改めて、そのことを強く思い知らされたような気がした。
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