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「あ、お兄さん、ガチャガチャしていかない? 人生変わっちゃうほどの奴」
とりわけ怪しいセリフではあった。
これが法被を着こんだ蟹股のおっさんとかだったら無視していただろう。
だが、俺に声をかけてきたのは美少女であった。
ちょっとたれ目で色白。しかもツインテールだ。
リサーチでもしてきたのか、と思うほど俺の好みに合致していた。
ちょっと胸囲を計らせてください、と言いたくなるほどふっくらとした胸も含め、満点と言って良いだろう。
そういうわけで、俺は立ち止まってしまったのだ。
「ガチャガチャ、どう?」
「……いや、あんまり興味ない……かな」
「そんな事言わずにさ。ね、一回だけ?」
さりげなく俺の腕に腕を絡めてくる。
肘に当たる柔らかな触感。
そしてとどめの上目遣い。
勝てるわけがない。
いや、もはや勝とうと言う気すら失っていた。
煩悩の圧は人を容易く堕落させる。
「まあ、一回ぐらいなら……」
「やったぁ。じゃあ、こっちこっち」
引きずり込まれる路地の奥。
何度か曲がった先に目的のものはあった。
カプセルトイと言うのだろうか。小銭を入れてハンドルを回すとカプセルが取り出し口から出てきて、中に入っている物が手にはいるあれだ。
クリアな箱の中には今もボール状の真っ白なカプセルがたくさん詰まっている。なんのガチャガチャなのかは書かれていなかった。
「これ、なんのガチャガチャ?」
「だから、人生が変わるガチャガチャ」
「……意味わかんないんだけど」
「タダのガチャガチャなんだから、意味とか気にしなーい」
人生が変わるとまで言われているのを気軽に出来るわけがない。
とはいえ、ここまで来てやらずに引き返すと言うのも恥ずかしい。
見ているのは俺の好みど真ん中の子だ。
「さあほら、これがコインね」
美少女が差し出してくれたのは、真っ白なコインだった。
大きさは百円玉ぐらいだろうか。
「分かったよ」
俺はそのコインを受け取り、投入口に入れた。
それから銀色のレバーを握り、一度、二度、とまわす。
ガチャガチャという機械音が聞こえた後、取り出し口にカプセルが落ちてきた音がした。
俺は手を突っ込んでそのカプセルを取り出す。
真っ白なカプセルだった。
特にテープで固定されている気配もなく、俺は上下の半球を握って捻った。
いとも簡単に開いたカプセルからは、紫色をした五百円玉ぐらいの円盤が一つ落ちてきた。
「何だこれ」
拾い上げて見ると、表面には爬と書かれていた。
「あー、なる程ねぇ」
美少女が俺の手元を覗き、訳知り顔で頷いた。
「これ、何なの?」
「まあま、気にしなさんな。どうせすぐ忘れるんだから」
「え? 忘れる? 何が?」
「そうねぇ、何もかも……かな」
「はあ? 意味わかんないんだけど。それより……」
「まあまあ。ナンパされても困るのよ。忘れちゃうんだから」
「だからどういう」
「でも、再会は意外と早いかもね」
そう言いながら、美少女は俺の手から円盤を取った。
「あ……」
「じゃあねー」
躊躇いなく走り去っていく美少女。
我に返った俺が走り出した時、彼女はすでに角を曲がっていた。
慌ててその角を曲がったところで俺の足は止まった。
その先にはもう誰もいなかったからだ。
振り返ってみると、ガチャガチャの台も跡形無く消えていた。
「……あれ?」
そもそも、俺は何でここにいるのだろう。
何をしていた?
手の中に何かの感触がったように思うが、何も思い浮かばなかった。
こんな路地奥に何の用だったのか。
不思議に思いながら、路地を抜ける。
その先には何の変哲もない町並みが広がっている。
「そりゃそうか……」
釈然としない。
だが、考えても何も思い浮かばなかった。
そんな事があった翌日。
俺は横断歩道を渡っている最中、突っ込んできた車に景気良く撥ねられた。
衝撃、空、暗転、そして……。
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