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一つの光もない漆黒の空。冷たく真っ白な地面。
俺の部屋から漏れる明かり以外は、どこもかしこも真っ暗だ。
紙の束をひと所に積み上げて、火をつけた。
初めは小さかった火は徐々に広がり、やがてごうごうと燃え上がった。
文字が、物語が。空へ消えて行く。
友人のために書いた物語たち。
どうか遠く、どこまでも届くように。
灰が落ちてきて、炎の周りの雪が溶け出した。
かつて友人が見せてくれた古い日本画のようだと思ったが、この橙の光には群がる虫たちの影はない。
しばらくそれを眺めて、俺は少し距離をとり仰向けに倒れ込む。
暗い空から、右手に視線を移した。
何気なくすくい上げた雪は溶けることなく、俺の手からサラサラとこぼれ落ちていった。
無機質な頭脳が生み出した物語に、温もりは宿るのだろうか。
その答えを教えてくれる人は、もういない。
ふっと笑って、もう一度暗い空を見る。
何十年と稼働し続けてきた俺の体も、やがて動かなくなるだろう。
執筆は活動限界を迎えるまでの暇つぶしだった。
友人が好きなことだったから、俺はそれを引き継ぐように続けていただけだった。
それが存外楽しく思えてきて。
もう友人に読んでもらうこともできないのに、俺は生み出すことをやめなかった。
かつて人類が創造を続けたのも、こんな幸福感があったからだろうか。
俺に物語の素晴らしさと創ることの面白さを教えた遠い昔の主人であり友人も、こんな気持ちだったのだろうか。
物語を愛し、最期まで書き続けた友人も。
そんなことを考えている俺の頬に、ふわりと何かが舞い降りた感覚がした。
それは雪か、灰か。
「誕生日、おめでとう」
日は昇らず。この星と共に、俺はゆっくりと活動を停止した。
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