18AUの果てに

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 星の流れはほんのゆっくりだ。  カプセルがグルグル回っていないだけでも何となく心が落ち着く。たとえ誰もいない孤独の空間だとしてもだ。  仮死ガスの後遺症か、あまり頭は回らない。そもそも五年かそれ以上、飲まず食わずで半分死んでいたのだから仕方のないことかもしれない。  まあ、下手に色々考えても仕方がない。俺はこの星の海を見ながら死ぬしかないのだ。むしろ幸いだ。  俺はどことも分からぬところへ吹き飛ばされたが、実験はどうなったんだろうか。  一応の成功扱いか、あるいは失敗扱いか。もし失敗ならアイリスはどうなっただろう。地位を追われたか、それとも案外、この実験を糧にもっと出世しているかも知れないな。  アイリス、約束は守れなかった。フラグ、というのを立ててしまったのが間違いなのか。もう少し、あんたとの時間を過ごしたかったよ。 『ロデリック……』  ああ、声が聞こえる。懐かしいアイリスの声が。これは幻聴か。 『ロデリック。無事か、ロデリック……』  スピーカーから聞こえた場合も幻聴というのだろうか? 疑問を感じた俺は答えてみることにした。 「アイリス、ここだ……」 『ロデリック!』  予想に反して悲鳴のような声が返ってきた。 『起きているのか、ロデリック!』 「……幻聴じゃないのか?」 『幻聴じゃない、見つけた、ロデリック!』  俺は一瞬混乱したが、回らない頭が結論を出す。助かったのだ。それを確認する。 「アイリス――俺は助かったのか?」 『ああ、ロデリック、六年、六年だ、やっと見つけたぞ』 『動的物体を確認、モニターに出します』  AIがそう言うと、星空が切り替わり、中央には光る点が現れた。  六年。保障期間を上回る、そんなにも長い間、俺は宇宙を彷徨っていたのか。そしてそんなにも長い間、アイリスは俺を探し続けてきたのか。  光る点は少しずつ大きくなり、プラズマエンジンの瞬きと船のシルエットが見えて来る。  ああそうか、終わったのだ、実験は。無事。覚えているか、約束を。昨日の夜、俺があんたにした願いを。 「アイリス、昨日の約束、守れそうだな。――結婚しよう」 『昨日? 昨日だって?』  戸惑ったような声がして、それから泣いているような、笑っているような声になった。 『そうか、君にとっては前の夜のことか』 「待たせてすまなかった、アイリス」 『全くだ。全く長い――結婚前夜だったぞ』 「フラグは――取れた、のか?」 『いや、こういう時は、『フラグは折れた』って言うんだよ。さあ、もうじきだ。君を回収して、体に異常がないか調べて――』 「婚姻届を」 『私は六年も待ったんだ、もう少しくらい待て』 「ああ、そうだった。そうだな、もう慌てる必要もない――」  俺はシートに沈み込む。  モニターの中では、次第に救助船が大きくなりつつある。  約束は、18AUの距離と、六年の時を越えて果たされようとしていた。 《了》
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