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それ以来、雨の日は家から一歩も外に出ることができなくなってしまったのです。雨の日に外に出ると、その光景が目の前に蘇ってきて、フミカは壮介がいなくなったことを認めざるを得なくなるからです。
雨粒なのか、彼女の涙なのかわからない雫が縁側を濡らしています。
「壮介さん、『松の声』、歌うわね。♪ああ、夢の夜や♪」
吟遊詩人のような朴訥とした歌唱で一世を風靡したこの曲が壮介は大好きで、よくフミカに所望したものです。
「なあ、フミカ、『松の声』歌ってくれないか?」
「壮介さんって、随分硬派な歌が好みなのね」
「惜しむ別れのステーションってとこで、福島のおっかあを思い出すんだよ」
「壮介さんも15歳で上京したんだったわね。学びに身を投じよっていう父母の願いが胸に迫まるわ」
「そうだな。初心を忘れるなっていう戒めにも聞こえてね、修行時代に随分、救われた」
「素敵よ、壮介さんのそういう真摯なとこ」
「歌っておくれよ」
「ええ、よくってよ」
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