4人が本棚に入れています
本棚に追加
黄泉の国へと乗客を運ぶ列車の窓を涙雨が叩いています。1人の乗客の男の袴が濡れているのは、春時雨に降られたというばかりではないのです。膝を濡らすほどの涙を流したのでしょう。彼の耳朶にこびりついて離れない恋しい人の声が、彼を苦しめます。
「貴女は、その人が忘れられないのですか?」
「ええ、あの人は、私を愛してくれたのです。幸せだったのです」
「もう一度恋をしたらどうです?」
「………あんなに誰かを好きにはなれませんわ」
男は、黄泉の国への通行手形をぎゅっと手の中に握りしめました――――。
むかしむかし、荒ぶる川の流れるところに水のあやかしが住んでいました。
まだ治水政策も確立しきっていなかった頃は、川の氾濫、津波、海の時化で失われる命も少なくはありませんでした。そんな水に関わる天災を引き起こしていたのが、海や川にはびこる水あやかしだったのです。
あやかしの世界にも縄張りがあります。この物語のあやかしは、荒川を縄張りにしていました。たびたび起こっていた荒川の氾濫もこの水のあやかしの仕業でした。
最初のコメントを投稿しよう!