フミカが選んだ男

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 あやかしは、体を持っていません。でも、雨の日だけは、雨を己が魂に集めて人型をつくることができます。ですから、雨の日にいろんな人に姿を変えて、人を誘惑しては川に引きずり込んで溺れさせるという悪さもしてきたのでした。その悪戯で、狂わされた人生がいくつもあったことなど、この妖怪にはあずかり知らないことなのです。  時には、近所に嵐を起こして呑み込んでやろうかなと算段がてら、縄張りにある民家を見て回ったりします。あやかしは、雨の日ほど、心が昂ります。川を氾濫させるにはもってこいだからです。  その日も、ほの温かい菜種梅雨でけぶる縄張りを歩いていました。質素な長屋が並んでいる界隈に差し掛かると、通りがかった家から美しい歌声が聞こえてきました。その家は、その界隈では珍しく書院造を模した贅沢な平屋の家でした。明治の頃に建てられたのでしょう。屋根瓦に意匠がこらしてあり、きっと裕福な商家の家なのだろうと、あやかしの好奇心に火がつきました。
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