昇進前夜

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『フランス革命前夜、花屋の娘シモーヌは…』  これは1970年代に放送された少女向けアニメの冒頭ナレーションである。  きちんと見ていた訳ではないのに、私はなぜかこのアニメを忘れることができない。 「初めのほうのストーリーしか覚えてないんだけど」  休前日の23時。  私は夫の肩にもたれかかって、テレビを見ながら二人で焼酎のお湯割りを飲んでいた。  テレビで今、そのアニメを放送している訳ではない。全然別の番組だ。 「ネットで調べたら、意外とストーリーが難しそうな感じで…。幼稚園児が途中で脱落したのは無理なかったかもしれない」 「ふうん」  テーブルの上には、おつまみや果物が並んでいる。休日の前の夜とはいえ、こんな時間まで飲食するのは久しぶりだった。  私達夫婦は、二人とも50歳に近い。  健康診断にちょこちょこと「要注意」が出てくる年齢だし、若い頃と比べると食欲も消化能力も落ちている。 「主人公のシモーヌは、敵と戦うために剣の訓練をさせられるんだけど」  夫は優しい。内心ではテレビを見たいと思っているだろうに、私の話しを大人しく聞いてくれて(いるふりをして)いる。 「剣の訓練はとっても厳しくて、シモーヌは泣いたり、怪我もしてたような記憶がある」  剣の練習は、こっそりと夜の間に、暗く冷たい練習場で行われた。  一日を終えた夜は、暖かい布団の中ですやすや眠っていたいだろうに、主人公のシモーヌは、夜な夜な辛い鍛錬を積んで、みんなのために悪い敵と戦って勝たなければいけないのだ。  幼い私は、自分があんなことをさせたられたら嫌だなあと思いながら見ていた。
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