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死合い開始の号令も無いまま、男は剣の柄を握り構えようとするが、非常に重く持ち上げられなかった。
「‥‥なんだ!?」
そもそも手に力が入らずに、握力が弱くなっているのを覚えた。
異変は其れだけではなかった。
身体が重くなり、息をするのも苦しくなっていく。
「毒が回る頃合いだな」
王がポツリと、男だけに聴こえるように囁いた。
「‥‥まさか、あの水に!?」
「ここまで勝ち残ったのは見事‥‥。いや、こうなるように仕向けたのだから、当然ではあるな」
「仕向け‥‥どう、いう‥‥こと、だ‥」
毒の影響で舌が回らなくなり、発声すらままならない。
「王の威厳を示し、国威を発揚するためには、時に王自らが剣を振るわなければならない時もあるが‥‥それは約束された勝利である戦いでなければならない。炎々と燃え盛る為に、何に火を灯さないといけないか解るか? それは人の希望にだよ」
これまで組まれた死合いは男が勝ち残れるように取り計れていた。
真意は先のプロレウス王の言う通り――凶悪で非情な強者の剣闘士を王が討つという筋書きの為に。
「な、なにが、戦士の名誉と誇りの、戦いだあああああッッッ!!?」
男は両の手で柄を握り締め、渾身の力を込めて振り上げる。
「ガハッ!!」
振り下ろす間もなく、王の小剣の切っ先が男の心の臓を穿つ。
男は口から血を吐き、力無く仰向けで倒れ、息絶えた。
「光栄に思うが良い。貴様がこれまで積み上げた名声と武功は、余の糧に、そして輝きになるのだから」
手向けの言葉を吐き捨てると、王は剣身が赤い血で彩られた小剣を天高くかざし、己の勝利を宣言した。
傍から見れば華麗な圧勝劇に場内の観客は大いに盛り上がり、勇敢で強かな王を讃える。
一方、名も残らぬ奴隷剣闘士に報いがあるとしたら、先の誓約の通り、死によって奴隷剣闘士から解放されて、自由になれたことだろう。
-終-
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