1人が本棚に入れています
本棚に追加
剣闘士は、いつもの通り通路の端に置かれている水桶から手を杓にして一口飲んだ。
続けて顔を洗い気持ちを鎮めると共に気合を入れると、ゆっくりと仄暗い通路を進み行く。
光溢れた先に出ると、熱狂的な大歓声が闘技場に轟き、全体を震わせた。
闘技場の中央まで歩き、対戦相手を待っていると――
「此度の相手は余である!」
観客席で一際豪華な主賓席から甲高く言い放たれた。
声の主は、この国の王・プロレウス二世。
王は衛兵に囲まれながら主賓席から場内に降り立ち、男の前まで歩み寄ってきた。
あまりにも想像だにしない状況に、男の思考は停止してしまう。
やがて、国の頂点にいる王と最底辺の奴隷の男が目前に対峙する。
同じ人間のはずだが、明確な違い‥‥差がある。
「そう、緊張するでない。この闘技場では身分など関係無い。男と男。戦士と戦士が名誉と誇り、そして命を賭して、堂々と一対一で戦い合おうではないか!」
衛兵の一人が持っていた剣を男の前の地に突き刺した。
「丸腰の相手をなぶるほど、余は軟弱ではない。さあ取るが良い」
「‥‥一つ訊きたい。王である貴様を殺したとしても、オレを自由にしてくれるのだろうな?」
無礼な口ぶりに衛兵が睨みつけてくるが、王は片手を挙げて下がらせる。
「然りである。それがこの戦いの褒美だろう。ああ、もし王の余を殺したとして、それが罪で罰を受けるとでも? 無用な憂慮だ。さっきも申した通りだ、ここでは身分など関係無いと、ただの剣闘士との戦いだ」
「それを聞いて安心したよ!」
王殺しの悪名があれば傭兵としての株が上がるだろう。
また、王亡き後の国の行く末など知ったことではない。
見たところ王は一般的な成人男性の体格であり、上等な絹の服の開いた箇所から見える素肌は、とうてい鍛えられていない柔肌。
防具などを身に着けず、手にしているのは宝石や金で装飾されている小剣のみ。
舐めているのか、それとも超絶な剣技を取得しているのか考えが巡ったが、
(王がどのような実力があるにしても、あんな小枝ような小剣でオレの剣を防ぎようあるまい)
これまでの経験と勘で、一振りで決着と己の勝利を確信した。
最初のコメントを投稿しよう!