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覚えられない
「ちゃんと勉強したのに。先生、信じてくれなかった……」
重いランドセルを背負い、夕暮れの通学路をとぼとぼと歩いた。
わたしが子どもの頃、特定の勉学が苦手な子に対する理解はまだ少なく、ただ勉強をさぼっていると思われることが多かった。
「なんで、九九が覚えられないんだろ? 他の子はすらすら言えるのに……」
どれだけ勉強しても九九が頭に入らない。覚えられない。
「なんで、わたしだけ……」
担任の先生の冷たい視線、あざ笑うクラスの生徒たちの姿が頭から離れない。
赤い夕日が、ゆっくりとぼやけていく。
「きっと、わたしだけがダメな子なんだ……」
涙があふれて止まらない。手で涙を拭いとりながら、家へと帰っていった。
**
「なのか、どうした? ぼんやりして」
算数の教科書を広げたまま、ぼうっと座り込むわたしに、お父さんが笑顔で話しかけてきた。
「お父さん……」
九九を覚えられないと正直に言ったら、優しいお父さんはどう思うだろう? 先生みたいに、冷たい目で見てくるのでは? 子どもに声を荒げたことのない人だったけれど、「勉強をさぼるな」と怒り出すかもしれない。
いろんなことが頭の中を駆けめぐり、気付けば父の前で泣きじゃくっていた。
お父さんはわたしが泣き止むまで、ずっと背中を撫でてくれた。大きな手の温もりが、冷え切った心をゆっくりとほぐしていく。
「ダメな子? なのかはダメなんかじゃないさ。オレの娘なんだから」
ようやく泣き止んだわたしは、お父さんに全て話すことにした。
「だって、九九が覚えられないもん……」
「九九? ああ、九九の暗記か。お父さんもやったなぁ」
「なのか、勉強しても覚えられないの」
「そっかぁ。それは大変だ。なのかは勉強、がんばってるのになぁ」
父はわたしを、決して否定しなかった。わたしが自分なりに勉強を続けていたことを、ちゃんと知っていたのだ。
そんなお父さんの言葉がうれしくて、心の奥底で感じていたことを正直に話してみようと思った。
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