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7×7の前夜
「なのか。おまえは知ってるはずだ。7×7の答えを」
少しだけ悲しげな顔をした父は、優しく微笑んだ。
「知らないって言ってるじゃない。お父さん、知ってるでしょ。私、九九が覚えられないダメな娘なんだよ」
「ダメなものか。なのかは自立して家を出てからも、オレのことを心配して度々様子を見にきてくれた。優しい子だよ」
「優しくなんかない!」
飲んでいたビールの缶をテーブルに叩きつけた。
「だってお父さんが心臓の発作で倒れたとき、そばにいてあげられなかったんだよ? お父さんが苦しんでたとき、私は会社で働いてた」
「それは仕方ないさ。突然のことだったんだから」
「病院から連絡をもらって、慌てて駆け付けた時にはもう……」
「飛んで来てくれただけで嬉しいさ。それよりも、おまえが泣き叫んで、オレの遺体から離れようとしないほうが辛かった」
「だって、お父さん。わたしの味方だって言ったじゃない。七郎の七と、なのかの七で、7×7は最強だって。ずっとそばにいてよ。私、お父さんがいないとダメな娘のままなんだよ……。こうして酒ばっかり飲んでるし」
お酒なんてちっとも美味しくない。でも飲まずにはいられなかった。
ずっと私を支えてくれた父が、もうこの世にの人じゃないなんて、考えたくなかったから。
「おまえはダメな子じゃない。とっくに知ってるはずだ。何度もくり返し教えてきたんだから」
「だって、だって……」
「九九だって、とっくに言えるしな。二人で乗り越えるつもりだったけど、ほとんどは、なのか自身の力だった」
「ちがうよ、お父さんのおかげだよ……」
「天国に逝く前に、おまえとたくさん語り合うことができて幸せだった」
「だって私が、ずっと泣いてたから……」
父が急逝したことを受け止めきれなかった私は、父の遺影にすがり、ひたすら泣き続けた。
そんな娘が心配になってしまったのだろう、幽霊となった父は、私の思い出話につき合ってくれた。
けれどそれも、今夜で最後だ。本当はもうわかってる。
娘として、私が父にしてあげられる最後のことをしてあげなくては……。
「なのか、7×7はいくつだい?」
父が優しく私に問うた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭い取ると、顔をあげた。
「7×7=49。明日はお父さんの、四十九日法要。亡くなったお父さんが、天国へ召される日よ──」
ゆっくりと微笑んだ父は、最後の言葉を伝えてくれた。
「よくできました。なのか、おまえはお父さんの自慢の娘だ──」
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