21人が本棚に入れています
本棚に追加
九九が苦手な少女
「それでは今日も九九から始めましょうね。皆さん、九九はもう覚えましたか?」
「はーい、先生!」
クラスのほとんどの子供たちが元気よく返事をする。
地獄のように辛い時間が始まった。
わたしだけ、ひっそりと顔を下に向けた。満足そうに微笑んだ担任の先生から、必死に目をそらす。
「では先生が順に呼んでいきますから、呼ばれた子は立ち上がって九九を言ってくださいね。ちゃんと言えた子から、九九表にスタンプを押しますよ」
「はーい!」
先生に指名された子は元気良く立ち上がり、ほこらしげな様子で九九を暗唱していく。
(どうか、どうか、当てられませんように……!)
神様に祈ることしかできない。できることなら、教室から逃げ出したかった。
「杉沢なのかさん。なのかさん、返事は?」
祈りもむなしく、先生に指名されてしまった。
「は、はい……」
呼ばれたら、立ち上がるしかない。クラス中の視線がわたしに向けられる。
「なのかさん、7の段を言ってみなさい」
よりによって、一番苦手な段だった。
「えっと。7×1=7、7×2……あれ? えっと、えっと……」
先生は軽くため息をつき、わたしをじろりとにらんだ。
「なのかさん、7×2はなに?」
「しちに、しちに……わ、わかりません……」
「7×2は14でしょ? このクラスで九九を覚えてないのは、あなただけですよ。家で勉強してるの?」
「は、はい」
「勉強してるなら答えられるでしょ。ちゃんと勉強してないから、九九を言えないんです」
わたしが嘘をついている、と先生は言いたげだった。
「で、でも……」
「でも、じゃありません。勉強しない子はスタンプを押してあげられませんよ。家で勉強してくること。いいですね、なのかさん」
「はい……」
(うそじゃないのに。ちゃんと家で勉強してるのに……)
わたしは数字が苦手な子どもだった。
特に九九が嫌いで、九九の暗唱は私にとって苦痛でしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!