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「じゃ、朝まで付き合って」
「は?」
「朝まででいいの。朝日が昇るまで私に付き合って」
月明かりもない曇り空。
彼女は告げてきました。
闇夜のせいで互いの顔などはっきりとは判明もしないだろうに、彼女のその瞳は私に有無を言わさぬほど強く輝いて見えました。
「良いですよ……少しお待ちいただけますか?」
のまれてしまった私が起伏のない声でそう応えると彼女は頬を緩め、土埃のついた服のままその場にしっかりと立ちました。
身体に多少の擦り傷はあったのかもしれませんが、さして痛がる様もみられません。
何故、そのように応えてしまったのか。
疑問を考慮する間もなく私はその場の仕事を片付けて、彼女の元に戻りました。
視えたことが間違いであって欲しかったのです。
「あ、死神さん」
そう、彼女が私を見つめて笑いかけてきたことに恐怖しました。
そのままの場所で、彼女は微笑んで出迎えてくれました。
「何故」
「?だって、事故を起こした場所で全身真っ黒な格好の人が不自然に立っていたら、そう思うでしょ?」
やっぱり顔色も悪いのね、と未だ燻る車体を横目に、近付き覗き込んでくる彼女に失くしたはずの物がぎゅっ!と押し潰されました。
「ほんとに黒しか身に着けてないのね」
じっくりと観察し飽きたのか、彼女はそう言い捨てると私の前でくるりと回転してみせました。
「このような時間に何故、外出を?」
くるりくるりと踊るように前を行く彼女の後を恐る恐るついて行きました。
女性が独りで外出するには幾分遅い時間です。
街灯も疎らでアスファルトには影も落とせず、周囲に民家も少ない。
冷たい夜風に畦に巣食う虫の音が攫われて行きます。
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