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「死にたかったから」
彼女は何ともないことのように呟きます。
その言葉が罪を孕むことなど考えもしないのでしょうか。
声は弾んでいるように届きました。
「何故」
「生きることに疲れたから」
「何故」
「生きていたってつまらないから」
「……何故」
「……さあ、何故かしら?」
ふわりとワンピースを揺らして私に向けられた顔は、何故だか嬉しそうです。
また、私の中が締め付けられました。
彼女の問いに返せる答えを持ち合わせていません。
沈黙が彼女の後ろへ吸い込まれていくようでした。
「───質問は終わり?」
数メートルの距離を開けて向かい合う私に、一呼吸して胸を微かに上下させた彼女が「じゃ、次は私からね」と声を発します。
「私の名前を知ってる?」
「知りません」
知っていれば、それは職務案件となります。
最期の時まで私たちに名前を知られてはいけません。
「あなたの名前は?」
「覚えていません」
私たちには過去の記憶がありません。
自分が誰なのかも、何者であったのかも、いつどこで何をして今があるのかも全て失い、いつの間にかこの職務に就いています。
「……私は」
彼女は真っ直ぐに答える私から少し目を逸らして口を閉じました。
何か言い難いことを吐き出そうとしている様が見て取れました。
私たちに遭遇してしまったら既に死んでしまっているので、元より聞かれることはないのですが、偶発的に遭遇してしまっては聞かずには居られなかったのではと思います。
いえ、先ず、私たちの姿を視ること自体おかしな事なのですが。
「いつ……」
「今宵は!」
つい、声をあげてしまいました。
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