回想録

4/6
前へ
/6ページ
次へ
続けられる言葉を遮ってしまいました。 「今宵は、月が見えませんね」 陰る彼女の顔が空を見上げました。 その横顔に、また、苦しさを感じました。 「こんな夜だから、会えたのね」 そう呟く声は夜風に乗って私の耳に届きました。 月があろうとなかろうと、如何なる時間であっても私たちは働きます。 人がその血を絶やさないうちは、その存在がある限りは私たちに休息はないでしょう。 彼女はゆっくりと、ごく自然にそうであるかのように私の隣に並びました。 それを私もそうであるかのように受け止めました。 そっと伸ばしてきた指先に私の温もりなど伝わらないことに、彼女は悲しみを感じたのでしょうか。 私が彼女に与えられるものは何もありません。 何故、私は彼女に会っているのでしょう。 何故、私は彼女の悲しみに苦しさを味わうのでしょう。 並ぶ彼女が私の手を頬に押し当ててほんの少し震えました。 「私を迎えに来るのは……あなたですか?」 囁きのようなその問いかけにははっきりとした答えがありました。 「いいえ、それは分かりません。それを決めるのは私ではありません」 冷えきった手のひらに彼女の温もりが伝わります。 だけれど、彼女は何かを感じたのでしょうか。 小さく震えながらゆっくりと、そっと私の手を離して潤む瞳で見上げてきました。 近くで見つめるその揺れる瞳には、やはり私が映っていました。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加