1.違和感

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 前夜というのは、もちろん、私たち吸血鬼が夜に結婚式を挙げるからだ。  日中に準備や式を執り行うのは、狂気の沙汰と言っていい。  夜のほうが、親族なり眷属なりの都合も合う。    だから……これは当たり前のはずなのだ。 「浮かない顔をしているね。ドレスが気に入らなかったのかい?」 「い、いえっ。そういうわけじゃないのだけど……」  ドラキュラには不釣り合いなほど優しげに、私の顔を覗き込んでくるシン。  彼とは10年以上の付き合いで、お互いに何かがあると、すぐに察することができた。私の様子がおかしいのも、彼には正確に読み取れていることだろう。    そして、私も彼の様子に違和感を抱いていた。    天の使いかと見紛うほど慈悲深い顔をしていながら、その双眸には、やはり陰がある。悲しげな真実を隠しているような……妙な陰が。   「ねえ……変なこと、聞いていい?」 「君の質問なら大歓迎だよ」 「私たちが結婚するの……これが初めてよね?」  ほんの一瞬、公爵はぴたりと動きを止めた。 「ふふ。まるで、僕たちがバツイチであるかのような言い草だね。少なくとも、僕はこれが初めてだけれど……君はあるのかい?」 「ああ、いえ、ごめんなさい。そういう意味じゃないの。変なことを聞いてしまったわね」  そう。聞きたいのは、そういうことではない。  現行で浮気をしていたら張っ倒すが、バツイチかどうかは関係のないことだし、彼に関して言うなら浮気もバツイチもないだろう。    出会った当初、彼は『術が恋人だ』と公言するほどの賢者だった。  吸血鬼が用いる、神秘の術についての権威。どんな内容だったか具体的には覚えていないけれど、私は術に関して、彼と話が合った。    術について、彼の右に出る者はいない。  彼ほどの吸血鬼であれば、同族の認識や精神に干渉することすら、不可能ではないだろう。   「ごめんなさい。私、用事を思い出したわ……」 「おや、それはいけない。僕は部屋の外で待っているから、早めに着替えるといい」  言葉とは裏腹に、彼はどこか悲しげな眼差しを残して退出していく。    なにかがおかしい。  彼がなにを隠しているのかはわからないが、違和感は大きくなるばかりだった。結婚前夜、最後の衣装合わせ、吸血鬼……。    私は、本当に吸血鬼だったか?    私が自分で解決しなければいけない問題な気もするが、協力者がいるに越したことはないだろう。幸い、今夜は親と約束をしている。    不気味な違和感を取り除きたい。  その一心で、私は平服のドレスに着替えたのち、衣装部屋を飛び出した。
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