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前夜というのは、もちろん、私たち吸血鬼が夜に結婚式を挙げるからだ。
日中に準備や式を執り行うのは、狂気の沙汰と言っていい。
夜のほうが、親族なり眷属なりの都合も合う。
だから……これは当たり前のはずなのだ。
「浮かない顔をしているね。ドレスが気に入らなかったのかい?」
「い、いえっ。そういうわけじゃないのだけど……」
ドラキュラには不釣り合いなほど優しげに、私の顔を覗き込んでくるシン。
彼とは10年以上の付き合いで、お互いに何かがあると、すぐに察することができた。私の様子がおかしいのも、彼には正確に読み取れていることだろう。
そして、私も彼の様子に違和感を抱いていた。
天の使いかと見紛うほど慈悲深い顔をしていながら、その双眸には、やはり陰がある。悲しげな真実を隠しているような……妙な陰が。
「ねえ……変なこと、聞いていい?」
「君の質問なら大歓迎だよ」
「私たちが結婚するの……これが初めてよね?」
ほんの一瞬、公爵はぴたりと動きを止めた。
「ふふ。まるで、僕たちがバツイチであるかのような言い草だね。少なくとも、僕はこれが初めてだけれど……君はあるのかい?」
「ああ、いえ、ごめんなさい。そういう意味じゃないの。変なことを聞いてしまったわね」
そう。聞きたいのは、そういうことではない。
現行で浮気をしていたら張っ倒すが、バツイチかどうかは関係のないことだし、彼に関して言うなら浮気もバツイチもないだろう。
出会った当初、彼は『術が恋人だ』と公言するほどの賢者だった。
吸血鬼が用いる、神秘の術についての権威。どんな内容だったか具体的には覚えていないけれど、私は術に関して、彼と話が合った。
術について、彼の右に出る者はいない。
彼ほどの吸血鬼であれば、同族の認識や精神に干渉することすら、不可能ではないだろう。
「ごめんなさい。私、用事を思い出したわ……」
「おや、それはいけない。僕は部屋の外で待っているから、早めに着替えるといい」
言葉とは裏腹に、彼はどこか悲しげな眼差しを残して退出していく。
なにかがおかしい。
彼がなにを隠しているのかはわからないが、違和感は大きくなるばかりだった。結婚前夜、最後の衣装合わせ、吸血鬼……。
私は、本当に吸血鬼だったか?
私が自分で解決しなければいけない問題な気もするが、協力者がいるに越したことはないだろう。幸い、今夜は親と約束をしている。
不気味な違和感を取り除きたい。
その一心で、私は平服のドレスに着替えたのち、衣装部屋を飛び出した。
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