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最後に私が人間だったのは、いつのことだろう?
あり得ないはずの疑問が、私の脳裏をよぎった。
「浮かない顔をしているね。ドレスが気に入らなかったのかい?」
「い、いえっ。そういうわけじゃないのだけど……」
ドレスは気に入っている。私はかねてからカラードレスを希望しており、彼も一緒になって選んでくれた。ドレスショップで紫のドレスを試着したとき、彼は『まるで魔法使いだね』と微笑んだはず。
そう。まるで魔法使い。
だが、本物の魔女ではない。
一方、出会った当初の彼は『魔法が恋人』というほどの権威だった。
少なくとも、今の私が認知しているなかでは。
魔法の見識において、彼の右に出る者はいない。
彼ほどの賢者であれば、私の認識や精神に干渉することすら、不可能ではないだろう。
「ねえ……変なこと、聞いていい?」
「君の質問なら大歓迎だよ」
「私たちが結婚するの……これが初めてよね?」
彼は、一瞬たりとも動きを止めず、それが必然であるかのように答えた。
「少なくとも、僕はこれが初めてだけれど……君はあるのかい?」
「いいえ、ないわ。けれど──衣装合わせは、これが初めてじゃない」
言葉にすればするほど、違和感は強まっていく。
私は、彼の魔法によって一種の幻想空間に囚われているのではないか?
証拠はない。
が、微かな記憶ならある。
私は昨日──黒く透けたウェディングドレスを身に着け、公爵たる彼との結婚を待ちわびていたはずなのだから。
「私たち……昨日は、吸血鬼だったわよね?」
自分の声が、震えているのがわかる。
もし、彼が彼のエゴで私に幻想を見せ続けているのなら、それは彼の歪んだ愛ということになるだろう。
ところが、そういう仄暗い疑念はたった1%すら感じられなかった。彼とは10年以上の付き合いで、お互いに何かがあると、すぐに察することができる。
彼が私の様子を読み取れるように、私も彼がサイコパス的な考えから幻を見せているとは思えなかった。
そして……私の見立ては当たっていた。
「吸血鬼だったのは、3日前──正確には〝3回前〟の話だね」
黒い毛皮に覆われた人狼は、微笑みながら涙を流していた。
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