2 責任、とってください

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「……おいしい」 「そんな小さな声じゃなくて、はっきりと言って欲しいわね。『表情に出してなるものか』と思いながらも滲み出ているのは、物凄く可愛いけれど」 「……そんな事を言って来るから、素直に出したくなくなるんです」  マスターの態度は相変わらずのようだ。  あれから二週間ぶりとなるが、彼を取り巻く雰囲気は甘く、全身で『好き』と言っているのだから逆にすごい。  ごみ屋敷の中でも彼だけ輝いて見えるのは、アルファのなせる業なのか、それとも彼だからか。 「そんなに見られていると、食べにくいんですが」 「ごめんなさいね。私の料理を食べてくれるのが、物凄く嬉しくて」 「……バーで、食べてるじゃないですか」 「プライベートと注文して出したものとでは、全然違うわよ」  子供を見守る親のような視線を送ってくる彼を咎めれば、逆に視線の糖度が増してきた。  だがグッとお箸を落としそうになったのを見て、これ以上はダメだと漸く悟ってくれたのか、彼の視線が晴翔から外される。 「皿、洗っても良いかしら」 「いえ、悪いですから。放っておいてください」 「そんな事を言ってるから、あんな惨状を作り出すのよ? 良いから任せなさいな」  晴翔から視線を逸らしたマスターが次に視線をやったのは、溜まりに溜まった皿が放置してある流しだった。  腕をまくる彼は意気揚々とスポンジを泡立て皿を洗い出し、申し訳ないながらも晴翔の言葉を聞かなそうな彼を横目に、黙々と晴翔は箸を進める。 「そういえば私、決めた事があるの」 「何です?」 「好きよ、晴翔」 「……ごほっ」  いきなり投下された告白に、思わず晴翔はむせてしまった。 「い、いきなり何ですか!」 「いやね、会う度に『好き』って言おうと思って。そうすれば貴方の、可愛らしい反応も見られる事だし、ね」 「……そんな取り決め、いりません」 「貴方にとってはね。私にとっては大切なの」  てきぱきと皿を洗いながらも表情は穏やかな彼は、洗った皿を水切りラックに乗せていく。 「僕は貴方の事、好きじゃないです」 「嫌い、とは言わないのね?」 「……嫌いでは、ないですから」 「そう」  好きじゃない、と言ったのに嬉しそうに頬を綻ばせる彼は、本当に晴翔の言っている意味が分かっているのだろうか。  そもそも、彼はタイプかと問われれば間違いなく『タイプだ』と即答するだろう。  晴翔は意外にも面食いだ。髪が長いながらも男性的で、きつめの美人、といった印象は常に浮かべられている柔和な笑みがかき消している。和傘を持たせたら似合いそうで、シュッとしたスタイルはモデル体型だ。もし彼が告白ではなくセフレを申し出ていれば、頷いていたかもしれない、と思う程。  それに、彼には感謝すべき事もたくさんある。仕事の愚痴を聞いてくれるのも、些細な話を聞いて受け止めてくれるのも、いつも彼だ。感謝し恋愛感情なしの『好き』にはなれど、『嫌い』にまで行くわけがない。
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