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娘vsキッズ
春うらら。私は今、いつもの座敷、仏壇の前で従妹の友美ちゃんと向かい合っている。
従妹と言っても血の繋がりは無い。この子は五年前ママが結婚した大塚 豪鉄──私の継父の妹さんの娘。つまり父さんの姪っ子だ。
でも、家族になるのに血の繋がりなんて重要じゃない。母さんが結婚して以来、それを強く実感している。
「きょーうーあーくー ごーくーあーくー」
「しゃーかいーあーくに」
「こーのーよ すーべーてーの あーくのまじょー」
奇妙な歌を歌いながら二人で手を合わせたり同じポーズを取ったりする私達。いわゆる手遊び歌だ。有名なアルプス一万尺の歌詞を友美ちゃんが好きな悪の魔女シリーズという絵本の主人公達に置き換えたもので、最近アニメ化された第一作「さいあくのまじょ」のEDテーマに使われているらしい。
で、友美ちゃんが通ってる小学校では今、その「さいあくのまじょ手遊び歌」を歌ってアルプス一万尺をやるのが流行っているのだそうだ。それで練習に付き合ってと頼まれたまでは良かったんだけど……。
「もーもーはーるー しんしに そーだーてーよー」
「あっ」
また私が失敗して途中で途切れてしまった。友美ちゃんのほっぺがぷくっと膨らむ。
「あゆゆ、下手ー」
「ごめんごめん」
謝って、もう一回最初から。
「きょーうーあーくー ごーくーあーくー」
「しゃーかいーあーくに」
「こーのーよ すーべーてーの あーくのま」
「あっ」
またしても失敗。しかもさっきより早い段階で。
「まじめにやって!」
「ごめんね……」
しょぼくれる私。本当はね、こういうの得意なんだよ? 親友のさおちゃんとだったら何時間でも続けられると思う。でもね?
(可愛すぎるんだよっ!!)
ぺちぺち、友美ちゃんのちっちゃな手が私の手の平を叩くたびに胸がキュンキュンする。いっしょうけんめい両手を動かして、そんな自分の手の動きを目で追いかけてるのが最高にキュート。
そんな友美ちゃんに気を取られ、ついつい失敗しちゃうんだよね、さっきから。
「もー、また」
何度かの失敗を経て、怒った友美ちゃんは唇を尖らせながら腕組みした。あ、そういうポーズだと美樹おば……お姉ちゃんに似てる。やっぱり親子なんだなあ。
いいかげん呆れられたかな? 他の人と練習するって言うかもしれない。私がそんな風に心配していると、すっくと立ちあがった友美ちゃんは何故か私の膝の上へ座った。
「あゆゆ下手だから、友美が教えてあげる」
私の手を取り、アルプス一万尺の動きをレクチャーする友美ちゃん。そのまま最後まで一連の動作をやり切ると、頭上の私の顔を見上げて問いかけた。
「わかった?」
「わかった」
やっぱり、めちゃくちゃ可愛いことがわかった。
「はあ……ママに取られちゃった」
あの後も何度も失敗してたら見かねたママが乱入してきて友美ちゃんの練習相手の役を奪われちゃった。くっそう、流石は私を育てたママだよ。あの可愛さに動じないなんて。
しかたなく居間に戻ると、剥がしたカレンダーを裏返しにしちゃぶ台の上に広げ、友美ちゃんの弟の友樹くんがお絵かきをしていた。傍で見守っているのは美樹ねえ。戸籍上は私の叔母なんだけど、絶対におばさんとは呼ばせない妙な迫力がある美人さん。
いや、実際若いんだけどさ。たしかまだ三十一かな? 父さんとはけっこう歳の離れた兄妹なんだよね。
それに綺麗なんだ。友美ちゃんのお母さんだけあって顔の作りが良い。ぽややんとした癒し系の顔だよね。中身はちょっと怖いんだけど。
この人は服装が変わってて、なんていうか……一言で言うと魔女。それ以外に例えようが無い。いつも真っ黒いドレスを着ていて、三角帽子を被ってないことに違和感を覚える。被ってるのを一度も見たことないはずなのに。
美樹ねえは戻って来た私の姿を見ると、ぼんやり顔のままふふっと笑った。
「あら、友美との練習はギブアップ?」
「可愛すぎて、どうしても最後まで続かない……」
「当然よ、私の娘だもの。でも、あなたも年々綺麗になってくわね」
「え?」
「歩美ちゃん、もう中二でしょ。そろそろ自覚した方がいいわよ、自分が美人だって」
「いやいや、ないない」
私、髪は短いし、スカートも制服以外じゃ滅多にはかないし、男子連中からも女っぽくないってよく言われるんだよ。美人だなんてそんな。
まあ、褒められて悪い気分じゃないけどさ。
「ふうん……仏壇にお父さんの遺影、置いてあるじゃない? あの顔見て、どう思う?」
「どうって……」
私が生まれる前に病気で死んじゃったパパ。毎日仏壇を拝んでるから写真を見なくても思い出せる。脳裏に浮かんだその顔は──
「綺麗だよね」
パパの方のおばあちゃんに聞いた話だと、おばあちゃんのお父さんの実家は性別に関係無くああいう顔ばかり生まれる家系だとかで、その性質を継いだパパも男の人だとは思えない美人さん。そんなパパと、顔の怖い父さんとが人生でただ二人の恋愛対象だったって言うんだから、うちのママは守備範囲が広い。両極端すぎるでしょ。
パパの顔を思い返し恋の不思議に思いを馳せ、唸る私。美樹ねえはさらにくすくす笑いながら続ける。
「あなた、あのパパさんにそっくりじゃない。ならつまり、あなたも美人ってことよ」
「おお」
なるほど、筋が通ってる。たしかに私、パパのことを知ってる人からは良く似てるって言われるもんなあ。性格は全然違うらしいけど。
「自信持ちなさい。ほら友樹だって認めてるのよ」
「友樹が?」
「んしょ、んしょ」
三歳の従弟はクレヨンをぐりぐり動かし大きな紙いっぱいに何かを描いていた。ほほう、何かはわからないけど、これはきっと芸術的だよ。私にはわかる。
「友樹、何を描いてるの?」
「あゆゆ!」
「え?」
「あなたさっき、友樹とかくれんぼで遊んであげたでしょ? お礼をしたらって言ったら、あゆゆの絵を描いてプレゼントするって張り切り出したの」
「おっきく、かわいくかく。これ、おはな」
たしかによく見ると人の形っぽく見えるものの頭に、やっぱり花の形っぽく見えるぐるぐるした何か。
私は無言で部屋の隅に置いてあった自分のカバンへ近寄り、中から財布を取り出し現在の所持金を確認した。
「み、美樹ねえ」
「なあに?」
「この絵が入る額縁って、二千円で買えるかな……?」
「ふう……」
今度はため息をつく美樹ねえ。
「あなた、だんだん兄さんにも似て来たわね。こんなの適当に画鋲かなんかで壁に貼っておけばいいのよ」
飾るのを止めないあたり、この人もたいがい親馬鹿だと思った。
自室に友樹の力作を飾って階段を降りると、ちょうど玄関を開けて入って来た頼りない感じの男の人に声をかけられる。
「あっ、歩美ちゃん。ごめん、正道くんと柔ちゃんを見てて」
「あ、うん」
私の生後半年の弟と妹を抱いて外であやしてくれていたのは友也さん。美樹ねえの旦那さんで友美ちゃんと友樹くんのパパ。長い付き合いになったのに、いまだに目がぱっちり開いてるのを見たことが無い。こういうの糸目って言うんだっけ? 性格はうちの父さん曰く、悪い奴ではないが、やや軟弱。
(まあ、おかげで暴走機関車みたいな美樹ねえにブレーキがかけられるんだろうって褒めてもいたけど……)
「ごめん、急にトイレに行きたくなって」
「大丈夫だよ、いってきて」
寝ている二人を引き受け、道を譲ると、友也さんは慌てて廊下奥のトイレに駆け込んで行った。お腹が弱いとかで、たまにああいう姿を見る。そんなんでよく遺跡の調査なんてできてるなあ。美樹ねえと友也さんはどちらも学者さんで、おっきい会社から依頼されてあちこち出張してるんだ。
呆れ半分、感心半分の私は両手に一人ずつ抱いた弟と妹を見下ろす。まさか今になって弟妹ができるなんて思わなかった。なんと十三歳差。今月の私の誕生日が来たらもう一歳離れる。二人が今の私と同じ年齢になる頃、こっちはこの家を出てるかもしれない。そう考えると寂しいな。
喋れるようになったら、すぐにおねえちゃんて言葉を教えよう。いや、姉ちゃんの方が親しみやすくていいかも? あるいは姉さん? ねえね? 呼び捨てにされたらどうしてくれよう。それでも可愛いって思えるかな?
じっと弟を見つめる。生意気になるとしたら多分こっちだよね。あ、でもクラスのまいちゃんは妹とすっごい仲が悪いとか言ってた。やだなあ、どうせなら仲の良い姉弟姉妹になりたい。
「ちゃんと、お姉ちゃんって呼ぶんだぞ?」
ぷにぷに柔らかい正道のほっぺに自分のほっぺをすりつける。クセになる感触だ。ついつい夢中になる。
すると正道はおっぱいとでも勘違いしたのだろう。突然私のほっぺをパクッとくわえて弱々しい力で吸って来た。
「あ、ああああああ……」
駄目だ、可愛すぎる。力が抜ける。たとえ名前で呼び捨てにされたって構わないような気がしてきた。
やがて正道は目当てのものと違うことに気が付き、吸うのをやめて、また涎を垂らして眠りこけてしまった。
「……」
誘惑に耐え切れず、今度は妹のほっぺに狙いを定める私。
「──ふう、すっきり……って、歩美ちゃん!?」
「ふ、ふふ……柔……正道……」
しばらくしてトイレから出て来た友也さんは、玄関に立ったまま弟妹のほっぺに夢中になっている私を見つけ、びっくりしてのけぞるのだった。
「歩美よ、今日はどうだった?」
夕飯の席。美樹ねえ達は帰ってしまい、私とママと正道と柔、そして帰宅した父さんの五人で食卓を囲んでいると、そう問いかけられた。
私は今日一日のことを思い浮かべ、うんと頷く。
「負けっぱなしだったよ」
「そうか……」
フッと笑いながら味噌汁を啜る父さん。私も同じ表情で自分の椀を持ち上げる。
ママだけが眉間に皺を寄せた。
「いつも思うんだけど……何と戦ってるの、二人とも」
「己とだ」
「自分とだよ」
二人揃って即答する。
可愛すぎ だからといって 負けられぬ
「まだまだ、一人前の姉への道は険しいなあ」
「これ、絶対あなたの影響ですからね」
「すまん」
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