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祈るように、期待していた。
桐原の目に私だけが映っている。私の目に、桐原だけが映っているように。
「……好きだ」
たった一言で、身体中が震えるほど満ち足りていくのを感じた。目尻から一筋、涙が流れていくのと同時にもう一度、好きだよ、と囁くのが聞こえた。
それでも、この上ない喜びと同時に、本当に信じていいのかという疑心も沸き起こるのは、まだ心が過去に怯えているからだろう。
「本当、ですか?」
「信じろよ」
「だって、そんなの今まで言ってくれなかったから」
嬉しさとか照れとか少しの不満とか。それらを綯交ぜると、案外幸福と似た心境なのかもしれない。
「なに?」
「好きだなんて、そんなの一度も」
言ったことも、言われたこともなかったはず。
「待て。俺は言ったぞ」
「え、いつ?」
空気中の甘さが突然薄れ始めた。
だが、そんなセリフを聞いた覚えがないせいで、ストレートに訊ねることしかできない。
「まさか、聞いてなかったのか」
私を組み敷いていた桐原が体を起こすから、それに合わせて起き上がる。
徐々に渋みの増す表情を見つめていたら、何も言えなくなってしまった。
桐原の言葉なら一つ残らず心に刻んでいたいのに、こんな肝心なことだけ抜け落ちてしまうなんて。
でも、本当に言ってくれたのか。もしかしたら、俺の女になれ、というのがそれだと勘違いしているんじゃ。
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