第10話 それでもいいということだけは、おぼえておいてね

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 そう思うと自然な流れで椿と結ばれた自分は幸せ者だ。 「私は本当に嫌で嫌でたまらなくて。少しでも家から離れたくて。で、親に、進学させてくれ、って頼んだの。嫁に行く前にモラトリアムさせてくれ、って。学校を出たらすぐ結婚するという約束で秋田市内の短大に行かせてもらってさ。女子寮に入ってね」 「よかったですね」 「そう、本当によかった。寮で友達ができたからね。みんな秋田の田舎の子だからそれなりに話も通じたしね」 「それで、卒業できたんです?」 「そうなの。で、卒業旅行として短大の友達と伊豆旅行をしたのよ。修善寺の温泉に入って、沼津の御用邸を見て。最後、千本浜で夕焼けを見てたら、もう泣けて泣けてしょうがなくて」  千本浜とは沼津にある海岸のことである。海浜公園が松林になっていて、松の木を千本植えたという言い伝えがある。海と富士山を同時に見ることのできる景勝地で、沼津市民にとっては今も昔も当たり前に存在する浜だが、太平洋を見たことがなかった彼女はとても感動したようだ。
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