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社内の人間と付き合えば、別れた後にこれほど気まずくなることもないだろう。ましてや梅原の相手は受付嬢だ。目立つ梅原に美人の受付嬢、噂はすぐに社内を駆け巡り、その気まずさは察して余りある。
「かと言って、全く知らない相手と一からやり直すっていうのもなぁ……」
「何だよ。俺に恋愛相談したいのか?」
「恋愛っていうより……人生相談? 島崎だって上司から謎の圧力かけられたりするだろ?」
全く無いと言えば嘘になる。既婚者の上司たちは必ず折に触れて家庭での愚痴や、我が子の話を嬉々としてし、「家庭を持つのは大変だがいいぞ」と勧める。そして「家庭を持ってこそ一人前だ」とも。
そしてそれは三十路という歳が直前に迫った俺達にとって、全く無視出来ない問題となっていた。
「ある程度お互いを知っていて、近すぎず遠すぎず……」
「そんな都合のいい相手、学生時代の同級生くらいしかいないだろ」
そう言って残り少ない生ビールを飲み干すと、梅原はじっと俺のことを見つめていた。
「何だよ?」
「そう言えば島崎ってさ、中学の頃好きな子いたよな? なかなか教えなかったけど」
その瞬間、心臓が嫌な音を立てた。
「何だよ急に……そんな昔の話」
「いいじゃん、もう十五年経つんだし。時効だろ?」
「忘れたよ、そんなん……」
思わず梅原から視線を逸らす。
しつこく追及されたらどうしようかとも思ったけれど、意外にも梅原は「あっそ」とだけ返して、その話はそこで終わった。その後は当たり障りない話だけをして、俺達は二軒目へ梯子することもなくその日は別れた。
結局、梅原が何故俺を誘ったのかはわからず仕舞いで、蒸し暑いだけの忙しい日々がまた淡々と過ぎていった。
* * *
数日が過ぎ、お盆休み二日前を迎えた頃、仕事を終え真っすぐワンルームのマンションへ帰宅すると、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを出して口を付けたところで、携帯の着信音が鳴り響いた。液晶画面には見知らぬ番号が。
「もしもし?」
「島崎? 俺、誰だかわかる?」
「誰だよ」
「松岡だよ、松岡。いや~、番号変わってなくて良かった!」
中学三年生時に同じクラスの、松岡隆二だった。当時松岡とはそれほど仲が良いわけではなかったが、連絡網で前後の関係というのもあって、連絡の時だけはよく喋るという不思議な間柄でもあった。
卒業後、成人式の時に一度再会して互いの連絡先を交換したが、特に連絡することもなくそれっきりだったのに、松岡は俺の連絡先を消さないでおいてくれたらしい。
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